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唐突にミーシャがニアの兄であるアックスとエグニの幼馴染であるシアルに悪魔が憑いていると言われて、呆然としてしまった。
胸張って言っているけど、どうせ私、ララにやったように拷問まがいな事をして吐き出したんだろうな。もしくはでまかせか思い込みで。
呆然としている私にミーシャは得意げに話し出した。
「最初に私の婚約者、アックスについてお話ししますわ。アックスはラフォーレ家の長男でした。ウィザード魔法騎士団に入ったばかりでしたが魔力が高く、海騎士の見習いとして活躍していました」
「……ラフォーレ家の当主って騎士団長ですよね。それなのに孫は下っ端から入団したんですか? コネとか、そういったものは無いんですか?」
「騎士団に入る貴族の子は、みんなエリートコースで騎士になります。でもお兄ちゃんはちゃんと騎士団をまとめる人間になるために見習いから始めたいって言ったんです。それで新人の海兵から入ったんです」
明らかに自信がなさそうなニアの説明した。思わず私が「立派ですね」と言うとニアは嬉しそうに笑って、口を開く。
「偉いと言うよりも貴族の暮らしが好きじゃ無いんですよ。平民にも普通に気さくに話しかけたりするんです」
「本当に変わり者でしたわ」
ニアの言葉にミーシャは冷たくそう言った。
ここで疑問が生まれる。貴族の暮らしが好きじゃ無いアックスと王族に固執するミーシャがどうして婚約しているのだろうか? そんな疑問が浮かんできて聞いてみた。
「ところでどういった経緯で婚約したんですか?」
「親が勝手に決めたんです」
嫌々と言う感じでミーシャはそう言うだけで黙った。しばらくしてニアが「去年の春の事です」と代わりに言った。
「王族の人が大型船に乗って海騎士仕事を視察していた時、ミーシャ様が海に落ちてしまったのです。その時に兄のアックスは助けました」
「落ちたって……」
「私が掴まっていた柵が折れてしまって、そのまま海に。それをアックスが助けて、お爺様とお父様がいたく感動して私とアックスの婚約を勝手に決めたんです」
人生の汚点だと言いたそうなミーシャに「美談ですね」と返した。その皮肉の返しなのか、「これが地獄の始まりだったわ」と言った。
いや、近くに婚約者の妹がいるのに、それを言っちゃったらダメだろう。申し訳なさそうに縮こまっているニアがちょっとかわいそうに思えた。
ミーシャは思い出すのも嫌だとばかりに何にも言わないので、ニアが話し出す。
「でもミーシャ様と兄の婚約を良く思っていない方も多くいて、兄に嫌がらせをする人もいました。それで去年の夏頃、兄は航海中に海へ突き落とされてしまいした。犯人も捕まったし兄もすぐに見つかったのですが、それ以来、性格が変わってしまいました。まるで悪魔が憑いたようだったわ」
「アックスは無駄に明るくて元気だけが取り柄だったのに、いきなり部屋に閉じこもってしまったのよ。顔中に魔法印の包帯を巻きつけて。でもなぜか部屋から抜け出して、貴族が立ち寄らない繁華街に出て行ったきり一週間は帰ってこなかった。海騎士も辞めたのは別にいいけど、醜聞とか気にしてほしいわ。しかもお爺様もお父様も私とアックスの婚約破棄を認めなかったのよ」
ミーシャが心底迷惑そうに言って、ニアは「それで今年の秋に行方不明になりました」と締めくくった。
「帰ってこないと婚約破棄する事も出来ないんだから。本当に困るわ」
なるほど、そう言う事があったのか。この地では。
私が色々と考えていると、ミーシャが「ああ、そうだ」と思い出したように話し出した。
「シアルの話しもしましょうか」
楽し気に言うミーシャだが、他の令嬢達は暗い顔をしていた。そっとパラサイトを見ると、楽し気にほほ笑んでいた。
*
「そう言えば、シアルも悪魔に憑かれているって言っていましたが……。それはどこで聞きましたか?」
「聞いてはいない。彼女が言ったのよ」
ミーシャは普通にそう言った。
「『私は悪魔に憑かれている』って」
「そう言うように仕向けたのでは? 私に雷撃魔法をかけたように」
私がそう言うとミーシャは特に表情を崩さなかった。別にバレてもお前に何ができるんだと言わんばかりだ。
それについては追求しないで、私は「彼女はどういった状態で悪魔に憑かれていると思ったんですか?」と聞いた。
するとミーシャではなくエグニが答えた。
「シアルは、あなたが付けている腕輪を持っているのを作る事が出来た。しかもそれをアックスも持っていたんだ」
「それと悪魔が憑いたと、どういう可能性があるんですか?」
「あんたは言っただろ! その腕輪は異世界の技術だって! だから……」
「つまり悪魔の力がついているかもしれないと思い込んだって事ですか?」
私がそう言うとエグニは目を逸らして「そう」と言った。あまりにも気まずそうで、後悔しているようにも見える。
「シアルとニアと私は幼馴染で、アックスも私達の相手もしてくれた。だからアックスがあんな風になるなんて思えなくて、お茶会クラブで犯人を捜そうって事になったんだ」
「お茶会クラブにはシアルは入っていなかったんですか?」
「お茶会クラブの入部には審査があるのは知っているだろ。シアルは貴族だけど、母親が外国人で貴族じゃなかったから入れなかったんだ。父親が外国で怪我した時に看病してくれたのが母親なんだよ。それで一目惚れして、そのまま結婚したんだ」
「貴族同士の結婚が当たり前なのに、平民と結ばれるなんて」
ミーシャの鼻持ちならない言葉に本当で高貴な人間の集まりなんだな、お茶会クラブと思っていると、更にミーシャが「伝統ですからね」と涼しい顔して言った。
「当然でしょう。貴族って言うのは歴史を守っている事が必要条件なんですから。家系にもし違う血が混じっていると言う事が分かれば信頼関係は崩れるのも当然よ。それにほら、シアルは悪魔だっ……」
「ミーシャ! ちょっと黙ってくれないか!」
エグニが怒鳴る。あまりの迫力にミーシャも悔し気だが黙ってしまった。
「アックスが居なくなった後、ニアの家族達は何にもしなかった! 私も家族に相談したけど、そのままにしておけって! みんな何があったのか調べようともしなかった! それで自分達で調べようって思ったんだ」
怒りに任せてエグニはそう言った。大人に対して怒りもあるけれど、後悔や諦めの気持ちも見て取れる。
これに関して彼女達は悪くないな。大人たちが悪魔に対して、この子達に何にも言っていないんだから。
「それでお兄ちゃんの部屋をお茶会クラブと一緒に調べたんです。それで机の中にその腕輪があって、それでシアルも持っていたから、……もしかしてって」
「それに、シアルにその事をついて追及したんだ。でもはぐらかすだけで……」
言い訳のような感じでニアもエグニも話す。一方のミーシャは表情も変えずに笑っている。この行動が、自分が正しいと言わんばかりに言う。
「だけど、私達、お茶会クラブのメンバー全員で聞いたら認めたのよ。シアルは『私は悪魔です』って」
「それって拷問で引き出したのでは?」
私が聞くとミーシャは証拠なんて無いでしょと思っているのか「そんなわけないでしょう」と答えた。
突然、アイルは虚ろな目で「でも……」と話しかけた。
「異端審問の話しが本当だったら、シアルは悪魔じゃなくて転生者って事になるよね」
「……」
「だって、ミサンガって言う腕輪は日本って言う世界の物なんでしょう。転生者って悪魔みたいな力は無いはずでしょ」
「ええ、アイル嬢、そうです。転生者は魔法が使えても私達くらいの魔力しかないです。悪魔のような力を持った者は見たことないですね」
「でもあなたが知らないだけで、その転生者も悪魔の力はあるかもしれないわ。それに私達は悪魔も転生者も見分けがつかないし」
見分けがつかないなら、追及するなよ! と言いたいのをグッと堪える。悪魔がダミーで転生者を連れてくるって言うのは、異端審問も最近知った事だ。
そして悪魔を払う力が無い人間は不安から、こうして拷問で証言を引き出そうとするのだ。この子達の行動は褒められるもんじゃないけれど気持ちはわかる。
ただミーシャの態度は、申し訳なさそうな感じもないのが腹立つ。邪悪な虫を懲らしめた程度な感じだ。
「それではシアルの話しに戻りますが、その後、彼女はどうしたか聞きましたか?」
「悪魔に憑かれたんだから、この国に居られないでしょう。母親と一緒に国を出て行ったわ。多分、父親も貴族の中で避けられているから国を出る事になるでしょう。と言うか、居場所を知っているんだったら分かるでしょう?」
「知っていますが、どういった経緯で彼女達が教会に助けを求めたのか知らなかったので」
そう言っているとニアが俯いて「あのさ」と話しかけた。
「お兄ちゃんの居場所を知っているんだよね、何処にいるの?」
「それとシアルも、何処に行ったんだ? 私が聞く権利なんて無いんだけど」
ニアの質問と一緒にエグニも尋ねてきた。そしてすぐ後にアイルが弁解するように話し出す。
「私達、悪魔も転生者も理解していなかった。だから、その、厳しい追及をするしかなかった。だからそれについては反省している」
拷問のようなって言おうとしたけど、ミーシャに睨まれて言えなかったようだ。
アックスと言うニアの兄が居なくなったことで不安に駆られて、彼女達が原因を探した。そして幼馴染のシアルを悪魔が憑いたって事で標的にした。悪魔に対して知識が無ければ、こういう事は大人でも起こりうる。
だから必要以上に責めない。だがアックスとシアルの居場所について教えるのには条件を出そう。
「分かりました。望むのならアックスとシアルについて、私が知っている情報を話しましょう」
パッとニアとエグニは顔をあげて、驚いたような希望を見つけたような表情を浮かべた。
「ただし、条件があります」
「え? 条件って『自分は悪魔です』って言うとか……」
「そんな事しませんよ」
私は苦笑して、彼女達を見る。
「皆さんがいつも使っている杖を貸してください」
「え? 杖?」
「はい、杖に粉をかければ先ほぼ見せたララ嬢の服のように色がつきます」
そう言って自分の杖を出した。
「私はララ嬢に扮して、昨日の夜にこのテーブルを魔法で運びました。だからこの杖の先には魔力がついているのが分かります」
「あれ? フランが用務員さんに頼んで用意してくれなかったの?」
不思議そうにアイルがそう言った。だが私が「あれ? いつもそうしているんですか?」と聞くと、みんな首を傾げる。
「一年生がこのテーブルとか食器を持ってくる係なんだよね、確か。去年は三人だったから、みんなでやったけど」
「前にフランは用務員さんに頼んで用意しているって言っていたよ」
エグニとニアは興味なさそうにそう言った。アイルは不思議そうな顔をして、ミーシャは、どうでもいいわって顔をしていた。
この件については後で聞こうと思いながら、私の杖に粉をかける。すると杖の先に真っ黒い跡が付いた。これは私が魔法を放った証拠になる。
「こんな感じで色がつきます。もちろんずっと色がつかないし、一日もすれば色も落ちるので大丈夫ですよ」
「いいでしょう」
意外な事にミーシャが同意してくれ、「皆さんも問題はないですよね」と言ってくれた。他の令嬢も気まずそうに頷いてくれた。
「でもその代わりに、あなたの説明を聞いたら出します」
なんか裏がありそう……と思いつつ、私はほほ笑んで「分かりました」と了承した。