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パラサイトが持ってきてくれた紅茶を飲んでみんなに落ち着いてもらおうと思ったが、私は飲めないんじゃないかなと感じた。ついさっき、自分達を殺そうとした正体不明の銀色の球体から注がれた紅茶である。私は飲めないな。
ところが彼女達は平然と飲み始めた。これがこの子達の日常って言わんばかりに。その姿に私はちょっと恐ろしくなる。大丈夫か? この国。
そんな時、ミーシャはフッと笑う。
「それは悪魔のあなたが言っているだけの事。信ぴょう性は無いわ」
そうでしょう、皆さんって感じで他の令嬢を見るが、みんな特に何にも言わない。これにミーシャは不満げな表情を浮かべた。
ミーシャの話しを無視して、私は口を開く。
「私に魔法をかけたことを今は咎めません。それよりもこの中にいる悪魔を探しましょう。まず、悪魔と転生者について説明します」
「転生者って?」
「最近、奇妙で無害な悪魔が異世界からやってきます。彼らには共通点があるので聖十二神は新たに【転生者】と言う部類を作りました」
田舎臭い聖十二神の話しなのに、みんなは真剣な顔で聞いている。ようやく危機的状況って思えたようだ。
私は「先に悪魔についておさらいしましょう」と言って説明をする。
「悪魔は私達の意識を乗っ取って、この世界に悪さをする者です。人知を超えた何かと言いましょうか。とにかく我々、人間と全然似ていなくて、形態も常識も倫理も価値観も違う圧倒的な力を持った者ですね。取りつかれると魔力や体力などが異常に高まり、杖などの魔法具が無くても魔法が使えます。それと取り付いた人間から出てくるとパラサイトに形状が似ています」
私の説明に令嬢たちは「え? そうなの?」と驚いた様子で言っている。確かに悪魔の本体は普通の人が見る事は無いし、教会でも異端審問や聖騎士などの悪魔と戦闘する者くらいしか見たことは無い。
「テーブルにある銀色の球体のような形状をして様々な形になります」
だからパラサイトも悪魔の一種じゃないのでは、と聖十二神の教会は睨んでいる。だが聖十二神を信仰していない国ではパラサイトは神で、こちらは邪教なのだ。戦争でパラサイトを消滅したいって言う一部の過激な聖十二神の信者もいるが、無益な戦いはしたくないと言う事でこいつらの行動を監視するだけに留まっている。
だからこうしてテーブルの上にあると嫌悪感が半端ない。そう思っていると球体が動き出した。令嬢達が悲鳴を上げる中、球体は人間のパラサイトの口の中に入って行った。
「悪魔の説明、ありがとうございます。我々も悪魔が出てきて気色悪いし困っているんですよね」
迷惑そうにパラサイトは言うが、お前が言うな! と言ってやりたい。やっぱり同族嫌悪なのだろうか?
悪魔についての説明はこれくらいにして転生者について説明をしよう。
「パラサイトが探している悪魔はこういう感じです。でもその悪魔はダミーとして転生者も連れてきます」
悪魔が隠れ蓑にするために連れてくる者達だ。
「彼らは【ニホン】と言う世界、と言うか国かな? そこから来ています。彼らの世界と我々の世界は全く違う文明と文化を持っているようですが、動植物や食べ物、数学などの学問、価値観や倫理観などなど似たものが多いそうです。だからこの世界に戸惑う事はあっても、すぐに順応してしまいますね。あとあちらの世界では魔法は使えないそうですが、ここに来ると魔法が使える者もいるそうです」
私はそっと腕に付けた刺繍糸で作った腕輪を見せる。
「例えば、これ。ミサンガって言う異世界の腕輪らしいです」
ミサンガを見せるとアグニはパッと目を逸らした。表情は気まずそうな感じである。
「彼らの世界では魔力を必要としない錬金術を更に進化したような機械などがあるようで、かなり便利な世界のようです。この世界では糸を生産するのは一部の生き物や植物から得るのですが、あちらの世界だとカガクセンイと言う物があるらしいです」
「田舎よね、聖十二神の教会を信仰する国って。糸も布もこの国だったらパラサイトに出してもらえばいいのに」
確かにミーシャの言う通り、パラサイトは布や糸の生成が出来る機械を出している。だから私達が着ていた制服もカラフルで可愛らしかったし、学園に使うカーテンもいい生地だ。
そういった物をすぐ手に入るのだから、パラサイトの恩恵を受けない人間は田舎者に見えるだろうな。
だが馬鹿にしたような感じでミーシャは言うが、誰も反応しない。この反応にミーシャは嫌そうな顔になった。
「説明に戻ります。彼らの世界では創作活動や娯楽が充実しているようです。ニホンの人々の識字率もかなり高いため、様々な形態で物語を楽しんでいるようです。そこで物語の登場人物を肩入れして【オシカツドウ】と言う宗教を展開しているようです」
異世界から来た者達から怒られるような気がするけど、ほとんどの聖十二神の教会の人達はそう言う見方だ。だって物語の登場人物が死んだら葬式を出したり、誕生した日にはお祝いしたり、布教などもしているようなんだから。どう考えたって宗教だろう。
「そこを悪魔たちは利用して物語を変えたくないか? と持ち掛けます。そして異世界の人間達は意識をこの世界の人間に入れ込んで、元の物語とは違う行動をやろうと思っています。ですがそれは悪魔の計画通りの行動でしかないです。そうして悪魔は転生者を使って、思惑通りの世界に作ろうと考えているんです」
特に悲劇の死を迎えたり、不遇な扱いを受ける登場人物のオシカツドウをしている人にとっては、かなりいい話のようで普通に受け入れて異世界の人間に入り込んでいる。
「それを聖十二神の教会の異端審問は阻止しようと動いています」
私の説明を受けて、アイルが不思議そうに「……でも、あなたはおかしいよ」と聞いてきた。
「あなたは学園に入学してから成績優秀な上に魔法大会では人一倍目立って、自作の恋愛小説も学園内でものすごく流行らせていた。普通だったら悪魔に見つからないように隠れて行動すると思うのに、あなたは誰よりも目立っていた」
そう言ってアイルはすがるような目で私を見てきた。ミステリアスな雰囲気を持った彼女とは思えない感じである。
アイルのもっともらしい意見に、私も普通はそうだろうなと思いながら「これには理由があります」と言って説明する。
「悪魔は予め作られた物語を作って、その筋書き通りになるよう動いています。そして転生者にも、悪魔の作った物語通りの筋書きに沿って動くように誘導しているようです。だから物語通りにいかなかったり、物語に居ない人間が出しゃばっていると悪魔は非常に嫌がるんですよ。それで悪魔は問題を起こしている者を始末してきます」
そう、これが私の上司が考えた早急に悪魔を始末する方法だ。だがこの方法、ものすごく危ない。問題を起こす道化役が悪魔に殺され、更に無関係な人が巻き込まれる可能性もあるのだ。
本来だったら数年単位で、協力者も大量に必要だ。だが、ここは聖十二神の教会はあまり普及していないし、パラサイトがいるため早急に解決したい。だから本当に早く終わらせたい時に使う方法なのだ。
悪魔の特徴について話した所で、エグニが気まずそうに「あのさ」と聞いてきた。
「じゃあ、シアルって子を知っている?」
「シアル?」
「ああ、私の幼馴染だ。もしかしてシアルがあんたに依頼したのか?」
「黙りなさい! エグニ!」
ミーシャがピシャリと怒鳴って睨みつける。だが次にニアが「ねえ! お兄ちゃんは知っている?」と聞いてきた。
「お兄ちゃん、アックスって名前だけどミーシャ様と婚約した後、おかしくなって失踪してしまったの」
今度はニアが言ってきて、ミーシャが「ニア!」と一喝する。
ひとまず、エグニとニアの質問に答えよう。
「本人かどうかは分かりませんが、シアルと言う少女とアックスと言う青年は知っています」
パッと顔をあげてエグニとニアが希望を見つけたと言った表情を浮かべた。
彼らの存在は、この悪魔探しの重要な取引材料であり残酷な真実を伝える事にもなる。
この切り札をどう使おうかと考えているとミーシャが「やっぱりね」と呟いた。
「異端審問、やっぱりあなたは悪魔よ」
「……え? なんでですか?」
「アックスとシアルは悪魔が憑いたのだから」
ミーシャが自信満々でそう宣言した。