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学園のお茶会クラブの令嬢達の中に悪魔憑きがいる。
貿易商のルーベット子爵の娘 美しいお人形のようなフラン嬢、
英雄カフカフィル伯爵の子孫 美少年のようなエグニ嬢、
ウィザード魔法騎士団の団長ラフォーレ公爵の孫 可愛らしい感じのニア嬢、
魔法具制作工房を持つエル子爵の娘 ミステリアスな雰囲気を持ったアイル嬢、
王位継承第二位のクリストファー王子の娘 高貴で気高いミーシャ嬢。
系統の違う美人ではあるが、彼女たちは共通の笑みを浮かべていた。それはまるで悪役令嬢のようだ。
「亡くなったララ嬢が悪魔ですよ」
早速なすり付けか。と、心の底でうんざりしているとフランが答えた。
「あのお茶会の時、ララ嬢から告白されたのです。『私には悪魔が憑いています。だからここで命を絶ちます』ってね。そう言って杖を自分に向けて魔法を放ちました」
「はい、以上で私達の取り調べは終わりです」
「時間の無駄でしたね。帰りましょう」
そう言って彼女たちは席を立とうとするので、慌てて「ちょっと待って」と呼び止める。
「ララ嬢は聖十二神の信者です。恐らく悪魔に憑かれても教会が払ってもらえると考えているはずです。それなのにいきなり自殺をするとは考えにくいですよ」
「彼女は悪魔の力で優秀な成績や学園で評判になった物語を生み出していたようですよ。その罪悪感で苦しんでいたようです」
そう言ってミーシャは悲し気な表情浮かべて言う。
こいつら、全員、この場にいないララを悪魔憑きにするつもりだろう。自分たちがやったのに。
それにしてもものすごくもっともらしい嘘をつくな、この子達。聖十二神なんて田舎の教えだから、軽く見ているのもあるのだろうけど、こうもスラスラと嘘を言っている姿に驚いてしまう。
と言うか、自分で殺したって分かっていて罪悪感も無いのか……。それともパラサイトの如く、悪魔憑きを疑われたら問答無用で殺す信条でもあるのか。
悲し気な表情でニアも語り出す。
「私達はララ嬢の告白を聞き、この目でララ嬢が魔法を自分にかけた所も見ていますよ」
「そして、その後にあなた方も魔法を彼女に打ったって事でしょうか?」
私の言葉に五人の令嬢がイラっとしたような目で見る。
「我々が調べた結果によると、彼女を傷つけた魔力は四つでしたね。一応、彼女の身体を調べると悪魔による魔法が一つ、微弱な魔力は三つありました。あと、この魔力はララ嬢のものではないですね」
「どうしてララ嬢の魔力じゃないって分かるの?」
「魔法大会の時に陶器の壺を特定の魔法で割る試合の時に出来た破片から、彼女の魔力と攻撃された魔力を判定して分かりました」
私は悪魔や彼女達に魔法を受けた時に着ていた制服を出した。事前に魔力を色で分かる薬をつけたので、制服が色とりどりになっている。
全身、特に胸辺りが真っ赤になっている。これは悪魔が放ったもの。
それをポツポツと青や緑や黄色がついている。これは普通の子が放ったもの。
あの場にいたお茶会クラブは五人。私に魔法を放った人間は悪魔一人と普通の子三人、つまり四人って事になる。一人はビビッて魔法をかけたふりをしていたって事だ。
それとララである私の魔力の色は黒だ。異端審問の修行をしているとどんどんと魔力が黒くなってしまうのだ。
私はララが魔法大会で壊した陶器の破片にも薬をつけて色をつけさせたのだ。
「この黒いのがララ嬢の魔力。ね、ララ嬢が受けた魔力の色と違うでしょ?」
こうして魔力を色別化したので説得力が増すはず、と思っていたけどお茶会クラブはうん臭そうな目で見ている。
「適当に塗っただけじゃないですか?」
エグニがしょうもないと言った感じで見るので、私は「この捜査方法はこの国でもやってますよ」と返した。
だがニアはくだらないと言った感じで喋る。
「本当に分かるんですか? それと別の人間の物とすり替えたんじゃないんですか?」
「彼女は特待生ですので、不正は教員も含めて厳しい目で見ていますよ」
「じゃあ、私達が先生に直訴します。ララ嬢が不正をしていたって」
本当にこの子達、ああ言えばこう言う。悪魔憑きじゃないと認めないのならまだわかるけど、ララ嬢を追い詰めて魔法でリンチした事を認めない。まあ、この学園のお姫様なんだから自分の思い通りになるとでも思っているのだろう。
頭が痛いと思っていると、ミーシャは意味深な笑みを浮かべながら「ところでララ嬢は本当に亡くなっているんですか?」と聞いてきた。
「本当は生きているんじゃないかって思うんですよ。教会が隠しているだけで」
鋭い所をついてきたな、この子。思わず、顔をしかめてしまった。
「私には悪魔がいるってパラサイトが大騒ぎして、本当はいないんじゃないかって思っているんですよ。こうして学園のみんなを避難させて大事のようにして、聖十二神の教会の力を誇示したいように見せたいと思っているように見えるんですが。悪魔だって本当はいないんでしょう?」
「ああ、我々の力を疑っているのですね?」
突然、パラサイトが割り込んで話し出した。
「つまりこの事件は聖十二神の教会が起こした狂言で、悪魔はいないとあなた方は言いたいのですか?」
「ええ、そうですけど……」
「我々が感知した悪魔の力さえも、あなた方が疑うのですね?」
「……何ですか? あなた」
「パラサイト、ですよ」
あまりにも静かにパラサイトはそう言うが、令嬢五人の反応は薄かった。
その数秒後、令嬢達は私を見下ろした。
*
「え? 何よ! これ!」
「降ろして!」
令嬢たちが座っていた椅子の足が突然遥かに高い位置まで伸びてしまった。この光景に私もカルマも呆気に取られてしまった。
だがそれ以上に令嬢たちはパニックだ。
「ちょっと降ろしてよ! 異端審問!」
「何でこんな事をするの!」
私は何もしていないのに彼女たちはこちらに向かって叫んでいる。とりあえず私は「私は何もしていないです! とりあえず動かないでください!」と叫んで伝え、パラサイトの方を向いた。
「パラサイト、何をしているんですか?」
「何って、処刑ですよ」
そう言いながらパラサイトは口から銀色の球体を出した。それが見上げないと姿が見えないくらい高い所にいる令嬢たちの上に登っていく。
口から出された瞬間も令嬢たちは見ているので、当然の如く甲高い悲鳴を上げる。
球体はシュルシュルと紐が五本出てきて、それぞれ彼女たちの首に巻きついて私の血の気が引いた。
「ちょっと! パラサイト!」
「我々、パラサイトの力を疑った罪ですよ」
罪って? 私がどういう事って思っていると、パラサイトは語る。
「私の恩恵を受けているのに疑うと言うのは、おかしいです」
するとミーシャが「パラサイト!」と呼んだ。
「こんな事が許されるわけがないでしょ! 私は、王族なのよ!」
「で?」
ミーシャが必死でパニックにならないように耐えながら言った言葉は、パラサイトにとってどうでもいいような感じだった。
「確かに君は王族だ。でも君には王位継承権はないし、それに例え王族がこの国に居なくなったとしても何も困らない」
「なんて事を……」
「ではこの国の人間すべてに聞いてみてください。王族全員が居なくなるか、パラサイトが居なくなるか、どっちがいいのか? 誰もが答えるはずです。政治などを決めてはいますが、王族が全員いなくなる方がいいと」
絶望的な事をパラサイトは普通の顔をして言う。それをミーシャは睨みつける。
「あなた方の歴史を鑑みて形だけでも王族がいても別にいいと思ってます。でも我々に楯突く気なら……」
「ちょっと待った、パラサイト」
処刑をしたいパラサイトは面倒くさそうに私の方を見た。
「この子達が悪魔だってまだ決まっていないです!」
「我々の力を疑えば、すべて悪魔です」
「だけど聖十二神の信者、ララ嬢を攻撃した悪魔は見つかっていない。それに彼女達は突然、悪魔憑き扱いされて混乱しているんだと思います」
口からの出まかせだが、とにかく令嬢達を庇う。パラサイトは何の反応を見せないので理解しているのか、変な解釈をしているのか不安にあるが私は話す。
「あなたは悪魔を見つけるために、私に日が昇り切るまでの時間をくれました。ならば、その時間まで待ってほしい。彼女達が死んでしまったら、捜査は出来ないから」
「……」
「そして悪魔が判明したら、恐らく彼女達はパラサイトを疑わないと思います。他の子は人間って事だから殺さないで」
「……分かりました」
パラサイトがそう言うと銀色の球体から出ていた紐は彼女の首から解けていき、椅子は下がっていった。
彼女達の足が地面について、ようやくホッとした。
ニアはグズグズと大泣きしていたり、アイルは目を見開いて変な所を見ている。エグニとミーシャは泣いてはいないが、恐怖で顔が引きつっている。一方、フランは真っ白い顔をしている。
「フラン!」
フランが椅子から落ちてしまい、倒れてしまった。
急いで彼女の方に向かって触れようとするが、エグニに「触んな!」と言われ手を弾かれた。
「お前の世話にならない!」
「でも、どうするの? 具合が悪いんでしょ」
「保健室に行く。ベッドで休ませ……」
「無理です」
バッサリとパラサイトは言って、未だに宙に浮いている球体がテーブルに向かって落ちた。
「なんでだよ! フランは体が弱いんだぞ」
「ここに居なければ逃亡と言う事で殺します」
「なんでいきなり、上から目線で言ってくるんだよ! いつもみたいに無言で見るか、言う事を聞け……」
「ちょっと、待って」
頭に血が上ったエグニをなだめで、カルマの毛をいくつか抜いて手のひらでこねる。
エグニに「何してんの?」と言った瞬間、ポンッとカルマの毛を膨張させる。手を広げれば人一人が寝られる大きさのベッドが出来た。私が仕事で野宿する時に使用する簡易ベッドである。
ただ手でこねた時にダニやノミなどは殺しているが、聖獣とは言えヤギの毛である。臭いとか感触とか独特なのだ。私は気にならないけど、温室育ちの血統書付きの令嬢は大丈夫だろうか……。
このベッドを見て、案の定エグニが令嬢とは思えない口調で怒鳴った。
「はあ! こんなベッドで寝かせろって言うんかよ!」
このベッドに他の令嬢達もちょっと眉をひそめている。毛布どころかシーツもないベッドマッドのみしかないから、貴族の子供だったらあり得ないだろう。
だがフランは支えているエグニから少し起き上がって「大丈夫よ」と言った。
「ちょっと貧血だから」
具合が悪いながらも気丈に振る舞うフランが少し目線をずらして私を見て「それに緊急事態なんだから、ね」と言った。
私が作った簡易ベッドに横になったフラン。寝心地が悪いとか、そう言った苦情は言ってこない。それだけ具合が悪いって事かもしれないが……。
こうしてテーブルには私と四人の令嬢だけとなった。だがフランほどではないがほとんどの子がショックを隠しきれていない。
「パラサイト、何か飲み物を持ってきてもいいかしら」
「だったら、我々が持って来ましょう」
そう言って銀色の球体はカップになり、令嬢達の前に置かれた。そしてポットが現れ、カップに紅茶が注がれる。
私はパラサイトの形態に驚くが、他の令嬢達はテーブルの下にいるヤギのカルマがいるのが不思議なようだ。
「というか、このヤギは一体何?」
「このヤギって雑草駆除のために学園で飼っていたんでしょ。なんでこんな所に居るんだろう?」
エグニとニアの疑問に私は「実は私の相棒です」と答えた。
「ヤギが相棒?」
「ええ、これでも聖獣で私の切り札です。名前はカルマ」
そう言ってヤギは自己紹介とばかりにテーブルの令嬢に回る。だが、すでに令嬢がカルマよりも別の事に気が付いたようだ。
「あれ? って事は、この学園に聖十二神の教会の人たちが潜入していたって事?」
エグニが明らかに嫌悪感を持って私を見ていた。
「いい加減に正体を現しなさい、異端審問」
突然、ミーシャが私に向かってそう言った。
「私達は見ました。ララ嬢が悪魔に憑かれたと言って自殺した……」
「自殺ではないですね」
私はそう言って被っていたヤギの仮面を取った。カルマが見上げて「大丈夫なの?」と言った表情を見せるが、ずる賢いこの子達に中途半端な嘘をつくのは無理そうだ。
「なぜって、私がララだから」
目の引くオレンジの髪と緑色の瞳、そして鼻と頬にそばかすの顔。ララの顔になって私はほほ笑んで口を開く。
異端審問は変装をする事もあるので、一瞬にして顔の特徴を変える魔法を使えるのだ。
「被害者本人なのだから、あなた方の会話も私はすべて覚えています。それとあなた達がかけた魔法についても、ね」
自分たちが殺したララ嬢がほほ笑んでいて令嬢は息をのんだ。ただ一人、冷たい目でミーシャは仮面をまた被る私を見る。まるで「ドブネズミがキッチンをうろついていました!」と報告を聞いたような顔だった。