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クリエット学園は貴族の少女達が多く通う全寮制の高等学校だ。清く正しい淑女を育てると言う校風で裁縫や料理などの家政の授業数が多い。
この園庭と綺麗に整えられた芝生の丘があり学生の憩いの場になっていて、学園の庭師兼用務員が綺麗に手入れして季節の花々が咲き誇っている。更に今年から雑草駆除を目的に飼っているヤギが放し飼いになっていた。
きれいに整えられた芝生を真っ白なヤギがモグモグと食べていた。それを見つけて私はちょっとため息ついた。
「ヤギさん、ここの草は食べちゃいけないってトムさんに注意されていたでしょ」
怖い顔をしてヤギに言うが、とぼけた顔で私を見つける。ちなみにトムはこの学園の庭師兼用務員さんだ。
もう一度、ため息をついて私は芝生が生える丘に座る。ヤギもそっと私の隣に座った。
この丘は街が一望できるのだ。レンガ調の建物が並び、多くの船が停まる港も見え、太陽も海に沈もうと赤くなって夕日に変わっている。
この時間が一番きれいなので、放課後はよくここに訪れている。
私が景色に見惚れていると、ヤギがクンクンと私のスカートのポケットを嗅いでいる。
「あ、気になる?」
ヤギにそう言ってポケットの中の物を出す。それは手紙だった。
上品な紅の封筒と金色の封蠟をしていて、蝋は綺麗なバラのスタンプがついている。
「えへへへ。私、バラのお茶会に誘われたんだ」
首を傾げるヤギに私は手紙を開けると、一枚のバラが描かれた手紙と紅のチケットが入っていた。
私が出した手紙をクンクンとヤギは嗅いでいる。
「食べちゃダメだよ、ヤギさん。読んであげるね。
『親愛なるララ嬢へ あなたを我がお茶会クラブが主催するバラのお茶会にご招待します。今夜八時に学園内のバラ園にお越しくださいませ。 お茶会クラブ』だって!」
「メエエ?」
ヤギはこのお茶会の意味が分かっていないけど、この学園の生徒にとっては名誉な事なのだ。
学校の中でも上流階級でお金持ちにしか入れないクラブが、お茶会クラブだ。クラブ員は現在五人しかおらず、クラブ員全員が認めないと入れないのだ。
大手貿易商のルーベット子爵の娘 一学年で同い年のフラン嬢。
かつてのこの国を守ったとされる英雄のカフカフィル伯爵の子孫 二学年のエグニ嬢
この国の魔法騎士を束ねる組織ウィザード魔法騎士団の団長ラフォーレ公爵の孫 二学年のニア嬢
魔法石の鉱山をいくつも所有し、国最大の魔法具制作工房を持つエル子爵の娘 二学年のアイル嬢
そしてリーダー格の王位継承第二位のクリストファー王子の娘 三学年のミーシャ嬢
この子達の家系はこの国を最重要人物たちの子供だから、普通の生徒どころか先生すら彼らに気軽に話すことはできない。そんな生粋のお嬢様で構成されているのがお茶会クラブだ。
そんなお茶会クラブに孤児の私が招待されるなんて夢にも思わない。昔、読んでいたおとぎ話のお姫様のようだ。にっこり笑って手紙を抱きしめる。
ふっと空を見ると銀色の球体が浮かんでいるのが見えた。それは夕焼けに変わる空では浮いていた。星や月にしては大きく、奇妙な球体だった。光の加減でキラキラと色が変わっていて、ここに来た時から不気味で慣れない。
球体は宙に浮いていたが、スウッと鳥よりも早く空を駆け抜けていった。
嫌な物を見ちゃったなと思いつつ、手紙を仕舞って夕日に向かってお祈りをする。
「おやおや、お祈りしているんですか。ララお嬢様」
「お嬢様はやめてよ、トムさん」
振り向くと中年の男性が立っていた。トム、この学園の庭師兼用務員だ。しかしキリッとした顔立ちとたたずまいから一部の学生から執事のようだと言われている。
「あ、そうだ。トムさん、ジャーン、見て!」
そう言って私はお茶会クラブの招待状を見せた。首を傾げて「何ですか? これ」とトムさんが聞いてきたので、私は得気に説明する。
「私、あのお茶会クラブが主催するお茶会に招待されたの!」
「……ほう。そうですか」
「もう反応薄いなあ」
思った以上に反応が薄かったトムさんは苦笑しながら「私は学生じゃないので」と言った。
そうしてヤギに「さあ、帰るぞ」と言って頭を撫でた。
「本当にこいつは雑草を食べない。雑草除去で飼っているのに」
「芝生が好きみたいですよ」
「こいつは甘やかされて育った奴だから」
トムがそう言うと「メエエ!」と非難するようにヤギは鳴く。それを私は曖昧に笑って、学園の寮に戻った。
*
「この髪型でいいんじゃない?」
「えー、こっちでしょ」
同じ特待生で寮の同室であるルルと一緒にお茶会へ行くための髪型を決めていた。ルルは真っ黒な瞳と髪を持った女の子で、可愛いものが大好きなだ。
普通の学生だと化粧はもちろん、可愛いリボンとか付けられない。私の背中まで届く長い髪を可愛らしく縛るくらいしかない。
「やっぱり、これでいきましょうか」
いつも三つ編みのおさげにしているので、リボンを取るとソバージュのようになる。そしてハーフアップで縛る髪型になった。
「大人っぽいしね」
「ありがとう、ルル」
鏡の中の私はオレンジ色の髪に緑色の瞳、そして鼻と頬にはそばかすがあって子供っぽい顔をしている。この髪型でちょっとは大人っぽくなったかも。
大満足して私は学園から持ってきた数少ない私物であるブレスレットをつけた。
「ねえ、ララ。招待状、見せて」
「いいよ」
ルルに真っ赤の封筒を渡すと結構真剣な顔で見ていた。そして大きなため息をついて「ララはすごいなあ」と呟く。
「いいような、ララって。すごい才能がいっぱいあってお茶会に行けるるんだから」
「才能なんて無いよ」
「謙遜はいりません。それよりも新作は出来た?」
「一週間前に出したんだから、まだできていないね」
ルルが「出来たら、すぐに見せてね」と約束をして招待状を返してもらった。
「それじゃ、行ってくるね」
「え! まだ七時だよ。八時でしょ、お茶会は」
ルルが慌ててそう言うが、気分が高揚して早く行きたい気分なのだ。すぐに「行ってきまーす」と部屋を出て行った。
気分がいいので自然と鼻歌を歌ってしまう。寮を出て、中庭のバラ園に行こうとした瞬間だった。
「ララ嬢」
「あ、ケイ先生」
私を見た瞬間、ギロッと睨んできた。
金色の長い髪をキュッと縛って一つにして、キリッとした目には冷酷な青い色をしている。新任先生だが授業は分かりやすいが、厳しく怖い。生徒指導の先生よりも厳しい人だ。
「ララ嬢、あなた時間に何をしているんですか?」
「え、えっと……」
「最近、文芸部で物語を書いて好調のようですが、あなたはそんな事をしている場合じゃないでしょう」
「……はい」
「あなたは特待生。授業料を免除してもらう代わりに……」
まずい……。ケイ先生のお説教が始まっちゃった。長すぎるし、クドクド言ってお耳が痛い。
「あら、ララ嬢」
ケイの声の声ではない、鈴のような綺麗な声が聞こえてきた。
「ケイ先生、ごきげんよう。こんな夜に生徒を取り締まってご苦労様です」
「フラン様」
厳しすぎるケイ先生でさえ、フランに【様】をつけている。ここの学園の上流階級の人達の立場は教師さえも上なのだ。
しかし媚びたこともしないで表情を変えずにケイ先生はフランに向き合って「あなたもなぜ、この時間に出歩いているんですか?」と厳しい声で聞いた。
フランは怒るケイ先生を気にしないで普段の口調で答えた。
「これからララ嬢と一緒にお茶会クラブの時間外活動をするんですよ」
「時間外活動? そんな届け出は出ていないわ」
「つい先ほど出しました」
そう言ってフランは私に微笑みかけた。
ピンク色の大きなリボンでまとめられた繊細な金色の髪と紺碧の海のような瞳、まるで美しいお人形さんみたいだ。
「それでは、行きましょうか。ララ嬢」
そう言って、手を差し出された。恐る恐る手に触れるとフランは上品にほほ笑んでくれた。
*
フランと手を繋いでバラ園に向かう。同性だけど綺麗な女の子と手を繋いでいるのは、ちょっと恥ずかしい。でも離すのもちょっとどうかなって思う。
それにしてもフランの手って冷たいな。
「フフフ。それにしてもお茶会にはまだ早いよ、ララ嬢」
「ちょっと気分が高揚していて」
「早く来すぎよ、まだ準備も始まっていないのに」
「あ、準備なら私もします」
「えー、来賓なのに」
ここでフランは私と手を繋いでいたのに気が付いて「あ、ごめんなさい」と言って、手を離した。
「誰かと手をつなぐのは久しぶりでしたね」
「あら、そうなの? ララ嬢。私はよく手を繋いでいるわ」
どこか子供っぽい笑みを浮かべてフランは言った。
私が杖魔法で重たいテーブルと椅子を宙に動かして、中庭のバラ園まで運ばせて綺麗に設置にする。そして後ろから持ってきたテーブルクロスをテーブルにかけた。
「すごいわね、ララ嬢の魔法は」
「ありがとうございます」
「このテーブルはお茶会クラブのメンバーは自分たちの腕で持ってきてるからね」
「え? 結構、重たいですよ。このテーブル、一人で持てないですよ」
苦笑しながらフランは「お嬢様でも肉体労働よ」と言いながら、ティーカップなどの食器をおぼんで持ってきた。食器も誰が見ても高そうと思える。
「わあ、可愛いカップですね」
「フフフ、アイルが持ってきたカップらしいわ。実家に眠っていたから、私達で使おうって」
お金持ちのお家に眠っている物は当然の如くすごいんだなあ。取っ手や縁に金がついていて普通に高そうなカップだよ。
そんな事を考えていたら話し声と共に誰かが来た。ニアとエグニとアイルだ。
「あら、もう準備が出来ているわ」
「すごいな」
「魔法でやったんでしょう」
桃色の髪の毛をツインテールにして赤い目をした可愛らしい猫のようなニアと漆黒のような黒の短髪と金色の瞳をして美少年のような雰囲気を持ったエグニと軽くウェーブがかかった紫の髪と目をしていてミステリアスな雰囲気を持ったアイル。お茶会クラブは上品で美しい人達ばっかりだな。
「皆さん。これ、ララ嬢がやってくれたのよ」
みんなに言い聞かすようにフランが言うと、みんながちょっと申し訳なさそうな顔になった。
「うわあ、お客様に準備してもらっちゃったよ」
「いえいえ、こんなお呼ばれしてもらっただけで嬉しいです」
その時、「あら」と言う声が聞こえてきた。
「もう準備が出来ているの?」
白い髪に紫の瞳をした誰よりも高貴で美しい少女、ミーシャだ。ちょっと驚いたように目を丸くしている。
フランがにっこり笑って私の両肩を持って「ララ嬢がやってくれました」と報告した。
「あら、そう」
「いえいえ」
さすが王族。お客様が準備していても引け目どころか動じない。
月明かりに照らされたバラ園の中庭中央に設置したテーブルには、お茶会クラブのメンバーと私が座る。
テーブルには紅茶が入ったティーカップを持ってミーシャが口を開く。
「それではお茶会を始めましょう」




