虫歯と旦那
過去作品手直ししました
「お父さん、そろそろ観念して、歯医者にいったらどうなの?」
今ならばまだ間に合うと言わんばかりにいってやると、睨みつけられてしまった。
けれどそんな目をしたって全然怖く何か無かった。
「顎押さえながら睨んできたって、全然怖くないんだからね」
「うるせー」
「ったく、美優だってきちんと歯医者通っているっていうのに・・・・小さい子が出来ていて自分が出来ないって、そんな道理がありますかって言うの!どうなの!?」
「だからうるせーって言ってるんだ!」
「お父さん!?」
「み、美優・・・」
小さな身体で胸をそらして父親の前に立ちはだかる美優は、勇ましかった。
その何とも素晴らしい立ち姿に、だいぶ強くなったなあと思い、感慨深い思いを感じてしまう私が居た。
そして美優はもう歯医者を終えた。
毎日のように歯磨きチェックも欠かさないでいるため、虫歯も今はゼロだ。
親子で頑張って来た証であると言える。
「美優、今日で歯医者さん終わったよ!次はお父さんの番だよ!」
「いや、・・・・なあ、美優・・・」
「駄目だよ!歯医者さん行かないと!歯、抜かないといけなくなっちゃうんだよ!?」
強く娘に言われてしまえば、旦那はうめき声を上げていうのだ、仕込みまで作るなんて卑怯だぞ、だそうだ。
仕込みってお前、そんなもん作った覚えはねーよ。
手を差し出す美優に、旦那は肩をすぼめて小さくなった。
なあ、止めるように言ってくれってなんだ、うるさいはこっちの台詞です。
早く行くんだよと言えば、シュンとしていた。
「ほら、いこっ!」
美優が一緒に行ってあげるからというその顔は、どう見ても「怖がり行きたくないと駄々をこねる子供を叱る母親のそれ」だ。
立場はどう見ても逆であるべきで――思わず噴き出したところで睨まれた。
降参しましたと片手を上げて、行けばいいんだろうと美優に言う旦那さん。
最初からそうして置けば良かっただろうに、美優に袖を引かれて初めて腰を上げるんだからと呆れてしまう。
クマ男なのになんでまたそんなに小心者なのか・・・
子供にお株を奪われているなんて、40越えたおやじのやる事じゃないだろうと言いたい。
「分かった、分かった行くから」
「美優、私は保険証とか持っていくから、先に連れて行ってあげてね。近所の歯医者さん。前まで通ってたから分かるよね?」
「うん!分かった!ほら、いこ?美優がいるから怖くないでしょ?」
そしてぐいぐいと美優は旦那の袖を引いて玄関まで歩いていく。
それでも子供じゃないんだから、行くって決めたら一人で歩けると、ブツブツ言い出す旦那さんは、相当往生際が悪い気がした。
「ねえ、お父さん、歯医者で泣かなければお酒買ってあげるから」
「もので釣られる年齢はとうに終わった!!」
「じゃあイラナイってことで・・・・」
「歯医者終わったら近所のスーパーだ!酒屋に行くぞ!」
「美優は歯医者さん終わったら、お母さんからケーキ作って貰ってたの!お父さんと一緒だね!」
「・・・・・・・」
「やっぱり要りませんか?」
「いる!!」