黒い手のアイコン
幼い頃に父のパソコンの中で見た黒い手のアイコン、それを開くと出て来た写真の黒い人影。
それは鮮明な記憶として生涯私を付きまとう。
母にも妻にも話せない謎のアイコンと人影の正体は?
1 父の記憶
幼い頃のおぼろげな記憶の中で、ひとつだけ、なぜか鮮明に覚えていることがある。
雑然とした父の部屋の真ん中に机と椅子がひとセットあり、その机の上にはノートパソコンが置かれている。
椅子に腰かけてそのパソコンに触れていると、背後のドアが開く音がした。
私は振り向かなくても、それが父だと理解した。
父は私のすぐ後ろに立ち止まり、肩越しに腕を伸ばして言った。
「ほら、ここを押してごらん。」
父の指さすボタンを押すと、モニターが点灯して初期画面が開いた。
「これを握ってごらん。」
父は次に、マウスを指さした。
言われたとおりマウスを握ると、その上から父の大きな手が添えられ、マウスとともに動かされた。
「これを動かすと、ほら、矢印が動くんだ。」
これで私は、パソコンの電源を入れて、画面上に貼られたアイコンを開き、その中を見ることができるようになった。
まだ字が読めなかったのでキーボードを使うことはできなかったが、数多いアイコンの一つ一つから見知らぬ世界が広がって楽しかった。
2 怖い写真
ある日、いつものようにそのパソコンの電源を入れると、画面上にそれまで見たことがないアイコンを見つけた。
それは手のひらの形を黒く塗りつぶしたイラストで、その下に文字があったが、字が読めないので何と書かれていたのかわからない。
そこにカーソルを合わせてクリックすると、文字ばかりの画面が表れた。
当然それも読めないのでページを送っていくと、文章の合間にいろいろな絵や写真が次々と出てきて、 私はそれらを見ては想像を巡らして楽しんでいた。
すると、あるページまでたどり着いたところで、大きな写真が画面に広がった。
それは夜の街のモノクローム写真で、いくつもの店が並ぶ路地が目の前から先へと延びている。
その道の真ん中に人影が立っている。
その後ろの街明かりのせいで人影は真っ黒なシルエットになって、大人の男性のようだが、顔や服装はもちろん、こちらを向いているのか、こちらに背中を向けて路地の先を向いているのかさえわからない。
すると見ているうちに、その人影がこちらをじっと凝視しているように感じて次第に怖くなり、すぐに次のページへと画面を変えた。
このアイコンの中には文章の随所に絵や写真が豊富に貼られていたので、その後も時々開いては意味も分からないまま見入っていたが、その怖い写真が出て来るとすぐにページを送って、なるべく見ないようにしていた。
だが、今思い出すと不思議なことに、この怖い写真はよく覚えているのに、ほかの絵や写真はひとつも覚えていないのだ。
3 父の病気
父が亡くなったのはそれから間もない頃だった。
ある夜ひとりで家を出て、近所の踏切で電車にはねられたのだ。
でも父の死因が事故だと知ったのは、ずっと後のことである。
母は幼い私に配慮して「急な病気で死んだ」と言い聞かせていた。
母はその後、気丈にも一人で父の葬儀を済ませ、その後まもなく、この忌まわしい現実から逃れるように、私を連れて遠い母の実家に引っ越した。
私はあの父のパソコンの黒い手のアイコンや怖い写真について、なぜか母には話せなかった。
話してはいけないような気がしていたのだ。
以来私はここに戻ることもなく、父の顔も声も忘れ、この父の家がどこにあったのかも知らないまま時を過ごした。
父の死については年月が経つにつれて親族などから少しずつ聞いて気付いていたが、母から詳細を具体的に聞いたのは中学生の頃だった。
父は私が生まれた当時から心の病に冒され、晩年には幻聴や幻覚に悩まされるようになり、あの記憶の中で私にパソコンを教えた頃にはもう仕事ができなくなっていた。
事故があった夜に訪れた警察官によれば、父は降りた遮断機をくぐって踏切の中に入り、線路の上に立ち止まったそうだ。
私は父の記憶がほとんどないし、叱られたり怖い思いをしたこともないが、なぜか父には近寄りがたい印象を抱いていた。
幼いながらも父の心の病から尋常ではない何かを敏感に感じ取っていたのかも知れない。
だが、父の死と転居によって、あの黒いアイコンと、その中の怖い写真が何だったのか、今となっては知る由もない。
4 祖父の話
中学生になった私に父の死の真相を教えてくれた母は、同時に祖父についても語ってくれた。
祖父は祖母が出産後すぐ亡くなったため、乳飲み子であった父を男手一つで育ててきた。
その心労が祟ったのか、肺の病気を患い入退院を繰り返すようになって、私の父母が結婚する直前になって入院先の病院で亡くなった。
祖父は長年の闘病に心身とも疲れ、絶望に打ちひしがれて生きる意欲も失い、晩年は心の病を発症していたそうだ。
だから最期は病死というより衰弱死したという。
そして父は、自分の父親が衰弱していく様を目の当たりにして、肺の病よりも心の病が自分に遺伝しているのではないかと恐れていたという。
そして父は本当に心の病に冒され、自ら命を絶った。
それが祖父からの遺伝なのか、思い過ごしが高じただけなのかはわからないが、もし遺伝だとすれば、私にも受け継がれていることになる。
私の中に、見知らぬ祖父と、おぼろげな記憶にしかない父がいるのだ。
5 蘇る黒い手
大学の卒業論文提出を間近に控えたある日、卒論の続きを書こうと自宅のパソコンを開いたとき、画面上に昨日までなかったアイコンが目に入った。
見た瞬間に、私は理解した。
それは紛れもなく、幼い頃に父のパソコンの画面上に見つけたあの黒い手のアイコンだ。
アイコンの下には点が二つとaの文字で「・・a」と表記されていた。
幼い頃は字が読めなかったので、当時も同じ表記だったのかどうかわからないが、この黒い手の図柄が当時と同じものであることは明かだ。
これをクリックして中を見れば、アイコンの正体がわかるかも知れない。
だが、このように突然出現するアイコンは、多くの場合マルウェアや詐欺だと聞いている。
クリックした瞬間にこのパソコンがウイルス感染し機能不全に陥る恐れがあるのだ。
もうすぐ卒業論文が完成しようとしているのに、やり直す時間はもうない。
それに、後からでもこれを開くことはできるはず、そう思って黒い手のアイコンをあえて無視した。
するとその翌日、再びパソコンを立ち上げたときには、もう黒い手のアイコンは消えていて、このパソコンに二度と現れなかった。
6 黒い手招き
翌年に就職した会社でのこと。
顧客や取り引き先にデータをメール送信する作業を命ぜられてパソコンを立ち上げると、なんとその画面に、あの黒い手のアイコンが貼り付いていた。
アイコンの下には点が一つにnaの文字で「・na」と表記されている。
だが、当然これも不正アプリの可能性が高いので、今開いてパソコンが故障したら大変なことになる。
非常に気にはなったが、この時もやはり、黒い手のアイコンを開けないまま、職務に従いメール送信を続けた。
そして作業が終了してメールのウインドウを閉じると、その下に隠れているはずの黒い手のアイコンはまたしても消えており、このパソコンにも二度と現れなかった。
後日「黒い手のアイコン」というキーワードで検索してみたが、それらしいヒットはしなかった。
私だけに付きまとうアイコン・・・そんなものはあり得ないが、もしそうなら、誰が何のために?
7 ほのかな不安
それから数年の間に、私は転勤や結婚、妻の出産と矢継ぎ早に相次いで多忙な日々を過ごした。
それらが一段落し、ようやく落ち着いた頃のことだった。
生後間もない我が子を抱いた妻が、ふとつぶやいた。
「お母さんから聞いたけど・・・」
母は妻に、私の父と祖父にまつわる話をしたのだ。
祖父と父の死については私から妻にある程度話していたが、心の病については知らせていなかった。
母は、今のうちに真相を話しておく方が、他人から知らされるよりいいと判断したらしい。
私もそれに異論はないし、妻はそのようなことで私から距離を置くような人ではない。
でも、妻は内心不安を抱いたに違いない。
遺伝に関わる可能性が少しでもあるなら、今彼女が抱いている我が子にも関わることなのだから。
そしてその不安を抱いているのは妻ばかりではない、私も同じなのだ。
8 祖父の遺品
妻は、主婦として育児や母の面倒をみるなど日常生活に追われながらも、無事に過ぎていくことで、不安は薄れつつあるようだった。
しかし、私は妻に、あの黒い手のアイコンの話はできなかった。
それは母にさえ言えない不可解な内容なので、話したところで、いたずらに妻の不安を煽るだけだ。
そして私自身も仕事や生活に追われて、あの黒い手のアイコンは忘れかけていた。
ところが、長い年月が過ぎて、思わぬところから黒い手が浮かび上がった。
すでに定年が近づく年になり、子どもも大学生になっていたとき、母が脳梗塞のため急に亡くなった。
その遺品を整理していると、母の新婚時代の日記が出て来たのだ。
母の新婚時代は祖父が亡くなって間もない頃なので、その日記は父とともに祖父の遺品を整理していた時のことが書かれている。
祖父の遺品の中に一枚の絵があった。
母の日記に、その絵について、こう説明されている。
「B4サイズの小さな額縁入りの油絵で、夜の繁華街の路地に一人の人影が立っている。その人影は真っ黒なシルエットになっていて、顔も服装もわからない・・・」
その絵を私は見たこともないし、処分されて存在しないが、まさに私が幼いころに父のパソコンの画面に見た黒い手のアイコンの中の怖い写真そのものではないか!
額縁が立派だったので、 母はその絵を父に見せて部屋に飾ろうと提案した。
すると父は驚いたような顔をして
「そんなものいらない!処分する。」
と吐き捨てるように言い放ち、目を背けた。
父の反応が不可解だったので、その理由を尋ねると、父はこう言ったという。
「その絵は子供の頃から父の書斎に飾られていたけど、そこに描かれた黒い人影が、なぜか自分を見ているような気がして、やがて書斎に入るたびにその人影からの視線を感じるようになって怖くなり、その絵を外してもらった。」
母は日記の中で、他愛のない絵を大人になっても怖がる父を嘲笑するように書いているが、それが他愛のない代物ではないことは、息子の私にはよくわかる。
あの人影は父と私の親子二代にわたって不気味な視線を送り続けて来たのだ。
9 初老のストレス
職場でも年長者になると、職責が重くなってストレスが生じやすくなるものだが、最近は同僚たちが過敏なほどに
「最近疲れているようだ」
「頑張り過ぎではないか」
などと指摘することが多くなった。
たしかに若い頃に比べれば仕事のペースも遅いし、ちょっとしたミスもするが、自分では特に老化したという自覚もない。
にもかかわらず上司は休暇を勧め、家に帰ると妻が病院での受診を勧める。
このような気遣いは
「もう年なんだ!」
と諭されているようで、むしろ不快になる。
だが重い病気であれば早期発見が望ましいというアドバイスに従い、気乗りしないまま病院へ行った。
診断の結果、ストレスによる疲労が随所にみられるということで神経内科に通院するよう勧められた。
その後まもなく、上司から出張を兼ねた四日間の休暇を命ぜられた。
当初、上司からは
「三日ほど休んで奥さんと二人で旅行にでも」
と勧められたが、妻は元来出不精で息子も大学受験を控えているので、私だけでも単身で休めるようにと上司が配意したのだ。
10 忍び寄る人影
出張先は少し遠い地方都市にある支店だが、半日もかからないで終わる軽い仕事だから、現地に一泊して帰宅すればあとの二日は家で休暇となる。
早朝に自宅を出て、電車で昼過ぎに着いた。
駅に近いレストランで食事を摂ったあと、支店に入った。
そして午後四時前には仕事が終わったので、そのあとホテルにチェックインした。
入浴のあとホテル内のレストランで夕食を済ませると、外はもう日が暮れていた。
でも寝るにはまだ早いので、本でも読もうと思い、駅に近い本屋へと出向いた。
駅周辺の繁華街は通勤客や買い物客で賑わっていた。
本屋で文庫本を一冊買い求めてホテルへの帰途に就いたが、多くの通行人が行き交う大通りを避けて、一つ脇の、人通りの少ない路地を選んで歩いた。
すこし行くと、その路地の先に人影が歩いている。
その先の看板や外灯などの街明かりのせいで、その人影は真っ黒なシルエットになっている。
「これは!?」
思わず立ち止まった私は背筋に戦慄が走り、息をのんだ。
今、目の前にあるこの光景は、幼い頃の記憶にある黒い手のアイコンの中の怖い写真そのものだ。
それを今、目の当りにしているのだ。
唯一記憶と違うのは、その人影が写真ではなく現実なので、動いている、つまり歩いているのだ。
でも黒いシルエットなので、こちらに向かっているのか、逆に遠ざかっているのか、わからない。
11 いざなう人影
その人影を見つめていると、奇妙なことに気が付いた。
人影はいつまでも近づかないし、遠ざかりもしない。
あの場所に留まって足踏みをしているのか?
そうだとしたら極めて異様なことだが、そうとしか思えない。
怖いが、あの人影の正体を知るためには、もはや私から近づくしかない。
不気味な人影を見つめながら、私はゆっくりと歩み出した。
人影は同じ場所のまま足踏みをしているので、もう少し近づけば人影の顔が見えるかも知れない。
すると突然、人影は路地の左側へと逃げ込むように入り、見えなくなった。
「あっ!」
思わず声を上げたが、私は人影を逃がすまいと走り出して、その場所に駆け寄った。
左側に細い路地がある。
路地というより、建物と建物の隙間と言うべき狭い空間で、すぐ先が行き止まりだ。
でも、ここに入り込んだあの人影の姿がない。
その狭い通路の袋小路になった突当りまで行くと、ビルの外壁が立ちはだかっていて、そこに小さな扉がある。
あの人影が隠れる場所と言えば、この扉の中しかない。
高揚する心を抑え、高鳴る動悸を感じつつも、私は二つ三つノックして声をかけた。
「こんばんは、夜分にすみません。」
・・・応答はない。
ドアノブに手をかけて、恐る恐るゆっくりと回した。
鍵は掛けられておらず、私は扉を引いた。
12 人影の正体
扉の中を見た瞬間、私は驚愕した。
「ここは!?」
雑然とした狭い部屋。あの人影も誰もいないその部屋の真ん中に、小さな机と椅子があって、机の上に古いノートパソコンが置かれている。
父の部屋だ!
遠い記憶の中にある父の部屋がそのまま、ここにある。
私は父の家がどこにあったのか知らないが、この町ではないのは確かだ。
しかしこの部屋は、幼い記憶と寸分違わぬ父の部屋だ。
このパソコンも、あの時のものに相違ない。
私は椅子にゆっくりと腰かけると、そのパソコンのモニターを持ち上げた。
その時、背中の方から、先ほど私が入って来た扉がギィッと開く音が聞こえた。
恐怖に凍り付く私は振り向くことができない。
入って来た何者かの足音が、私のすぐ後ろで止まった。
そして後ろから私の肩越しに腕を伸ばし、その手がパソコンを指さす。
「ほら、ここを押してごらん。」
父だ!
忘れていたその声で、背後に父がいると確信した。
父の指さすパソコンの電源ボタンを、私は震える手で押した。
私をここへ引き込んだあの黒い人影は父だったのか?
「これを握ってごらん」
父の指が、今度はマウスをさす。
後ろにいる父を見たい。
マウスを握りつつ全身を振るわせながらも、私は勇気を振り絞ってゆっくりと後ろを振り返った。
だかそこに、父はおろか誰一人いない。
再び正面に向き直ってパソコンを見ると、その画面にあの黒い手のアイコンがある。
アイコンの下には三文字「dna」と表記されている。
これを開けば、謎が解けるのか?
13 永遠の連鎖
黒い手のアイコンにカーソルを合わせ、クリックした。
すると、幼い頃には読めなかった文章が画面に表れた。
そこには、こう書かれている。
【・・・・・・・黒い手のアイコン・・・・1 父の記憶・・・
幼い頃のおぼろげな記憶の中で、ひとつだけ、なぜか鮮明に覚えていることがある。
雑然とした父の部屋の真ん中に机と椅子がひとセットあって、その机の上にノートパソコンが置かれている。・・・・・・・ 】
その文章の中で、部屋に父親が入って来る。
文章の中の「幼い私」は、その父からパソコンの電源を入れてアイコンを開く方法を教わる。
ある日そのパソコンの画面に見覚えのない「黒い手のアイコン」を見つけ、それを開くと文章の随所に絵や写真があって、その中に怖い写真を見つける。
夜の繁華街の路地に立つ黒い人影。
文章内の「私」は、その人影が自分を凝視する視線を感じて恐れた。
「私」はやがて大人になって二度、黒い手のアイコンを見つける。
大学生の時は自宅のパソコンに、社会人となった時は職場のパソコンに・・・・
この文章は、私が今まで体験して来たことがそのまま描かれている。
さらに読み進むと、先ほど私が体験したことまで書かれている。
文章内の「私」が出張に出かけた日の夜、繁華街で怖い写真と同じ光景に出くわして、その路地にいた黒い人影を追って、路地の横にあった建物の隙間に入り込み、一つの扉を見つける。
その中は父の部屋だった。
パソコンを開こうとすると後ろから人が入ってきて背後から手を伸ばし
「ほら、ここを押してごらん」
それは父だったが、振り向くと姿はない・・・・
パソコンを見ると黒い手のアイコンがあり、それを開くと文章が出て来る。
そこにこう書かれている・・・
【・・・・黒い手のアイコン・・・】
その文章の中の「私」も、同じ体験をして、やがて黒い人影を追って父の部屋に入り、パソコン画面から黒い手のアイコンを開いて文章を見る。
そこに出て来た文章の中にも・・・・・・・【黒い手のアイコン】・・
さらにその中にある文章にも・・・・・【黒い手のアイコン】・・
さらに・・【黒い手のアイコン】・・
14 果てしない歩み
こうして果てしなく無限に繰り返す連鎖の中へ、私は否応なく引きずり込まれていく。
あの怖い写真の中で黒い人影となった父は、その黒い手でずっと私を手招きし、この永遠の連鎖の世界へといざなっていたのだ。
その父も、幼い頃に書斎にあった絵の中で黒い人影となった祖父に手招かれて引きずり込まれたに違いない。
父はその祖父の黒い影を追って踏切をくぐり、その先で永遠の歩みを続けていたのだ。
祖父から父へ、父から私へと受け継がれた「dna」という黒い手招きに誘われた私も、やはり黒い人影となって、進むことも戻ることもない運命の歩みを永遠に続けるのだ。
私のdnaを受け継ぐ者をここへいざなうために。
この結末は人によって「ひんしゅくもの」かもしれない。
でも、私はこの展開でしか描写できなかった。
文章の魅力は、どんなに遠く時空を超えた他人同士でも、以心伝心できること。
遥か昔に亡くなった人の人生のある瞬間を、私たちは今、感じ取ることができる。
描く能力が高ければ高いほど、微妙な心理状態も正確に伝えることができる。
では「心の病」を持った人の心は、文章でどこまで伝えることができるのか?
「ひんしゅくもの」という批判をあえて覚悟して、その冒険に挑んでみた。