173 『オンアンドオフ』
《瞬間移動》を繰り返し、ジェラルド騎士団長に一撃を浴びせてはサツキの横に戻り話を聞き、またジェラルド騎士団長に斬りかかる。
こうした《瞬間移動》を繰り返しながらだと声がやや断続的になり聞き取れないのではないかと心配をしていたが、サツキのそれは杞憂であり、ミナトはよく聞いていた。
「なるほどねえ」
そう言ったのはジェラルド騎士団長のバスターソードとミナトの刀がぶつかり合った瞬間のことで、次の言葉がサツキの口から出るときにはミナトがもう横にいる。
――本当にすごいやつだ。ミナトの神速はここまで極まっていたのか。疲れてきたように見えていたけど、パフォーマンスはむしろ上がってるんじゃないか……?
キレが増したようにも見える。
その理由の一つに。
――さらに、一度ここに戻る無駄とも言うべきクッションがさっきまでの攻防にはなかった緩急を生み、ジェラルド騎士団長の反応が乱れている。
人は身を守るために、咄嗟の防御行動を取ることがある。つまり防衛本能が備わっているということだ。ジェラルド騎士団長は、相手の攻撃を見切っている場合は自らの判断でバスターソードを振り、見切れない行動にはこの防衛本能によってオートマチックに身体が反応してバスターソードが相手の攻撃を防ぐ。
こと防御戦に《賽は投げられた》を発動させたとき、自らの判断と思考が及ばない反射行動とを切り替えるのだ。
――ミナトの緩急は、本来はオートマチックな防御に徹してよいところに判断の余地を作る。
オートマチックな防御に専念したいときにも思考が差し挟む。これはきっと、ジェラルド騎士団長にとって望ましい状態ではない。
――判断の余地ができても結局オートマチックな防御を強いられれば、一瞬の思考が反射行動を乱れさせる。
不意に。
ジェラルド騎士団長は視線を下げた。なにかを諦めたような、力が抜けたような、そんな様子だった。
しかし。
「いやあ、惜しいなァ。もうちょっとで崩せたのに。どんどん歯車が狂って剣が鈍っていたってのに。うまいこと対策しましたね」
「我は貴様の剣を侮っていたらしい。かの誘神湊の神速を見極められると、そう思い上がっていたようだ」
「それで、考えることをやめたってわけですか」
考えることをやめた。
余計な思考を差し挟むことをしなくなった。
そうなるとどうなるか。
決まっている。
すべてオートマチックに、防衛本能のままに防ぎ切る。そういう魔法を敷いているのだ、防げないわけがない。
――やはり、ジェラルド騎士団長はそんな甘い人じゃないか。さすがに判断も速い。
あわよくば、思わぬミナトの緩急によってミナト一人でジェラルド騎士団長の絶対防御を切り崩せるかと期待したが、そう都合良くはいかなかった。
だが、話は進んでいる。
伝えるべき情報は伝えて続けている。
「そんなわけで、ジェラルド騎士団長の《賽は投げられた》は相手に応じたリアクションをすることができるが、この緩急が思考と魔法を乱したものの、ちょうど対策されてしまった」
「解説までありがとう」
「そして。《独裁剣》は必ずしも受けてはいけない攻撃じゃない」
「え?」
ミナトは目を丸くする。意味がわからないという顔だった。
「支配は行動の束縛に過ぎないんだ。自らの意志によって動かそうとするわけじゃない限り、勝手に機能するものは機能する。心臓とか臓器類は意識的に動かさないだろ? つまり、奪られてはいけないのは、各関節や手、呼吸器……これは鼻と口だな。あとは目。それくらいだ。耳は勝手に音を拾うから問題ない」
「そういうことか。わかったよ」
どのみち、ミナトがそれらの箇所への攻撃をくらうとしても技術が要ることだろう。
けれどもミナトならばそれさえできるかもしれないと思ってしまう。
サツキは一つ間を置いて。
「さて。ここからがリディオたちからの情報外の調査結果だ。俺が気づいたことを話す」




