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24 『多重操作は道徳を求める』

 こんな時間になっても眠らない王都。

 宿へと歩きながら、ルカはぽつりと漏らす。


「王都にあったのね。こんなに綺麗な時間が」


 眠らない街でも、人通りは少なくなっている。ルカはそれが気に入ったらしかった。


「うむ。いい景色だ」

「はい。特に、今夜は夜桜と満月ですから」


 クコが楽しそうにそう言ったのを聞いて、サツキはふとヒナを思い出した。


「今宵は、十四番目の月の晩みたいだぞ」


 ヒナの受け売りだが、クコは月を見上げて納得していた。


「確かに、ほんのわずかに満月が欠けています」

「この綺麗さは、満ちる前の美しさだったのかしらね」


 なにかをルカは納得して、小さく微笑む。

 サツキはクコとルカと宿まで戻ると、部屋の前で二人とは別れた。サツキはバンジョーと同じ部屋なのである。


「また明日」

「ええ。また明日」

「サツキ様、おやすみなさい」


 おやすみ、と言って部屋に入る。

 バンジョーはとっくに寝ているだろう。そう思っていたが、バンジョーは予想外に起きていた。


「よおサツキ! 随分と遅かったじゃねえか! 大丈夫か?」


 サツキを見つけてすぐ、心配してくれた。どうやらずっと起きて待っていてくれたらしい。


 ――優しい人だな、バンジョーは。


 サツキは帽子を脱いで、


「問題ない。会いたかった玄内先生にも会えたし、クコのいとこにも会えた」

「そっか! よかったな!」


 ニカッと笑うバンジョーに、サツキは申し訳なくもあって笑顔を返せないが、表情はやわらいだ。


「クコとルカもいっしょに帰って来たからなんの心配もいらないぞ」

「クコも出てたのか?」

「ふふ。それは知らなかったか」

「おお」

「今夜は迷惑をかけたな。ヒロキさんから、バンジョーが駆け回ってくれたことも聞いた。ありがとう」

「迷惑と思ったことはねえさ。気づいたら走ってただけだからな。迷惑とか心配ってのは、仲間だったらかけるのもかけられるのも、きっと日常茶飯事だ。言葉じゃ足りないこともある。なんていうか、信じることがすべてだと思うんだよ。オレはおまえとは、そんな仲間でいたい。オレたち『()(えい)(ぐみ)』はそんな仲間でいたいんだ」

「俺も。そうなってくれると、うれしい」

「おう! じゃあ、もう気にすんな」

「うむ」


 素直にうなずいてしまう。なぜか、バンジョーの言葉には、その言葉の表面的意味だけじゃない説得力がある気がしたサツキだった。


 ――『()(えい)(ぐみ)』がバンジョーの言うような仲間になれるよう、俺頑張るよ。


「バンジョー。クコとルカもいっしょに戻ったばかりだから、まだ起きてるはずだ。一応、なにがあったかちゃんと説明させてもらっていいだろうか」

「説明なんてなくてもいいが、サツキがしたいってんならいいぜ」


 サツキはクコとルカの部屋に行き、二人をサツキたちの部屋に呼んで、今夜の事件についてバンジョーにも話して情報を共有しておいた。明日のナズナ宅や玄内の元への訪問など、予定についても話した。

 その後、二人が部屋に戻り、再びバンジョーと二人になって、サツキは質問した。


「そういえば、バンジョーの赤鬼激辛ソースはまだ返って来てないのかね?」

「まあな。そっちも気にするなって。他に考えるさ」

「……」

「じゃあすぐに寝るんだぞ、サツキ。オレも寝るからよ」

「ありがとう。おやすみ」


 おう、と言ってすぐに、安心した顔のバンジョーがものの数秒で眠りについてしまった。


「寝るの早いな。俺を待っていてくれて、眠かったんだろうな。それとも、寝るのが早い人なんだろうか」


 クコに見せてもらった記憶でも、バンジョーは寝るのが早かった気もした。


「いずれにしても。バンジョーが仲間になってくれて、俺はうれしいよ」


 サツキは窓際に移動し、窓の外を眺める。


 ――王都は眠らない。今も、だれかの思惑がなにかを動かしているんだろうな。


 深い緑色の羽織をまとったくせ毛の青年が、ひとり眼下を歩いてゆく。

 さすがに今の青年以上に若い人はいないが、大人たちは夜も王都を動かし続ける。決して止まらないように、歯車を止めたらいけない強迫観念でも抱いているみたいに。


「さて。行くか」


 まだ今宵のすべてが満ちたわけじゃない。

 中折れ帽をかぶり直し、サツキは立ち上がる。


「怪盗ライコウから、バンジョーの盗まれた物を取り返しに」




 少し前。

 とある橋に、青年が通りかかった。

 この王都における人斬り事件の犯人であり、西でもすでに百人を斬ってきた『(れい)(しょう)(しに)(がみ)(つゆ)()(いっ)(さい)

 彼はまだこの橋にいた。

 放心したように両手を地に着けている。

 青年は、深い緑色の羽織をゆったりとはためかせて歩き、くせ毛を揺らして中腰になり、イッサイに声をかけた。


「これから、どうされるおつもりですか?」


 イッサイが顔を上げると、柔和な青年の顔があった。


「私は(たか)()()(とう)()という者です。あなたが望むなら、更生に力を貸しましょう」


 だが、イッサイはやっと自我が戻ってきて、目をしばたたかせた。


「拙者は、妹さえ助けられれば、なんでもするでござる。何人だって斬ってみせるでござる」


 思わず答えたイッサイ。

 トウリと名乗った青年はにこりと微笑むが、目の奥が冷たかった。


 ――あの……さっきの少年……『(しん)(そく)(けん)』に、似てる……凍りつくような目……。


 イッサイの背筋に冷たい汗が流れたとき、トウリは懐からそろばんを取り出した。なにをするのか、恐る恐る見ていることしかできない。

 さっきの剣士を思い出して、恐怖もよみがえったイッサイは、動けずにいた。


「まだその悪癖は直っていませんか」


 そう言って、トンとそろばんでイッサイの肩を叩いた。


「私の魔法《()(じゅう)(そう)()》の一つ、《(へん)()()(そう)()》と言いましてね。あなたの五つの偏差値がわかりました。『頭脳』、『体育』、『芸術』、『容姿』、『道徳』の五つです。それぞれの説明はするまでもないでしょう」

「偏差……値?」

「ええ。その珠が偏差値を表しています。そして、私はこの数字を操作できるんです」

「操作……」


 トウリはにこやかに言った。


「では、願いましては……道徳心を」


 パチッと、そろばんの珠を弾く。


「『道徳』の偏差値が高いと、一般的に、あくまで私が思っている中の一般的に、道徳心にあふれた人間になります。そして、人に好かれます。人柄として。あなたの『道徳』の偏差値を上げておきました。『体育』の偏差値を可能な限り削ってね。『体育』の偏差値はなかなかのものでしたから。あなたはきっと、人格者になれますよ」


 では、とトウリは立ち上がり、歩き去ってしまった。

 そのあと、なにが起きたのか自分でもよくわからなかったイッサイは、正座をして天を仰いだ。


「拙者は、なんてことをしてしまったのだ」


 またしばらくして。


「あ。いました! 我々は王都見廻組です。あなたが人斬り事件の犯人ですね?」


 王都見廻組の組員がやってきて、イッサイは微笑さえ浮かべて頭を下げた。


「はい。拙者が人斬り事件を起こした『冷笑の死神』イッサイです」


 このあと、イッサイは素直に自供したのであった。




 イッサイが王都見廻組の詰め所へと連行され、玄内もヒロキと共にそちらへ赴くことになり、他の面々はそれぞれの場所に帰った。

 そんな深夜。

 サツキは外に出て、とある人を待っていた。

 橋の上。

 夜桜を眺めながら。

 そう時間もしないで、待ち人がやってきた。


「品物を返してもらいに来ました。怪盗ライコウさん」


 目線だけ横へと向ける。サツキの視線が捉えたのは、少女だった。

 少女歌劇団『(はる)(ぐみ)』のリーダー。

(はる)(ぐみ)(れい)(じん)(さわ)(つじ)(あさ)()

 男物の浴衣を軽やかにまとった長身の少女で、ハットの下の短い髪も麗しい。


「やあ。オレはアサリ。よく来たね」


 サツキはアサリのさらに奥を見る。緋色に輝く瞳で。


「しかし、あの人はごいっしょじゃないんですか?」

「あの人?」


 麗人は美しい顔でとぼけたように聞き返し、魔法を発動させる。


 ――《集光(スター)ライト》。これで、オレに注目を集めた。他へは関心が向かなくなる。


 だが、サツキはアサリに緋色の視線を向けることなく、突きつける。


「主宰者のことです」


 内心でアサリは苦笑した。


 ――オレの魔法も効かないか。やるね。さすがは『()(いろ)()(がん)』。一夜にして騎士たちに知れ渡ったその異名は伊達じゃないな。


 騎士たちの間ではサツキたち士衛組についての情報も共有されたようだが、他には自分たちほどの情報収集能力のある組織しかその名は知らないだろう。

 アサリは観念して、


「これは、もうバレてるって考えていいと思いますよ」


 振り返った。

 呼びかけられて出てきたのは、サツキが初めて見る顔――しかし、思っていた通りの人物だった。

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