134 『ドアモチーフ』
ルカは幸運にも玄内と合流できた。
幸運なのはヤエもだった。
あの『万能の天才』に恩を売れるチャンスがこうも自然と巡ってくるとは、思ってみなかったからだ。
――もう、あたしがここで果たす役割としては充分過ぎるもんになったかもしれんな。大将やお嬢への報告はあとでちゃんとせな。それより、今は玄内さんにちゃんと重要な情報ば渡すことが大事。
三人が歩いて、元の壁に戻ってきた。
そこにはドアノブがある。
紫色のドアノブ。
ルカは説明した。
「まずはこの先へ行きましょう」
「紫色……」
「《紫色ノ部屋》といいます」
「そういや、船であいつの本、読んでたな。そこから着想を得たか」
「……?」
なんのことかわからずルカが小首をかしげると。
「いや。こっちの話だ」
「ええと。《紫色ノ部屋》については、ドアを通ったら《魔法管理者》で確認してください」
「そうするぜ」
玄内の《魔法管理者》は、他者の首に鍵を差し込むことで魔法を没収することができる。没収した魔法を返還することも別の人間に与えることもできてしまうのだが、このとき、没収によって魔法の情報を読み取ることもできるのだ。
没収可能になる条件は、魔法名か実際に自分の目で魔法が使われているところを見ればよい。
これによって、ルカは《紫色ノ部屋》の魔法情報を口に出さず、ヤエには開示せず、玄内に伝えようと思ったのだった。
ガチャッと。
ドアが開かれる。
通り抜けて、ルカはドアノブを取り外して手の中に回収した。
そして、今度は玄内が自身の手の中から鍵を取りだして、それをルカの首の後ろに差し込み、ひねった。
「《魔法管理者》。その魔法、没収するぜ」
たったこれだけで、魔法は玄内のものになる。
自分のものになれば、玄内はその魔法の情報を読み取ることができる。
「ほう。なるほどな。便利だ」
玄内は、《紫色ノ部屋》がルカの潜在能力の解放によって身につけられたものだと理解する。
また、やはりそこには玄内が予想していた通りの痕跡があった。
――探偵作家・夏伊川信良。王都に住んでいる縁で、あいつには会ったことがある。確か、『懺悔の部屋』って本はあいつにしては一風変わった作風で、紫色の部屋が出てきたが……。あの作中で、紫色の部屋は懺悔をする部屋だった。懺悔をする度に別の紫色の部屋へと渡り歩き懺悔をする旅。そんな話だ。
問題は次。
――おそらく、紫色の部屋のモチーフになったのは『妖会館』。
王都に佇む館、『妖会館』。
そこは、実話でも創作でもなんでも話していい、すべてが紫色の部屋だった。館の主・押小路真澄を進行役として、数人の客がその部屋に集まり、話を聞き合うのである。話したことが実話か創作かを開示する必要もなく、口外厳禁。たとえ実話だと打ち明け、それが犯罪の懺悔だとしても、聞いた人間はそれを他者に話してはならない。
――あそこであいつは創作を話して手応えをチェックし、作品のアイディアに使えるか吟味することがあるようだが、それを懺悔の部屋として作品に落とし込んだわけだ。そして、ルカもまた、その作品を魔法に落とし込んだってわけで。なかなかどうして、おもしろい魔法になったじゃねえか。きっとこれもまた、別のだれかのなにかの糧になるかもしれねえな。
現状、玄内は《紫色ノ部屋》のバックアップを取らせてもらっており、玄内ならば二次利用してなにかを発明・研究してしまうことだろう。
「内容はわかった。返すぜ」
と、玄内は再びルカの首の後ろに鍵を差し込んだ。
鍵をひねると、魔法はすっかり返還された。
とはいえ、元々は玄内がルカに与えた魔法だから、一時的に返還したのはルカになるのだが。
ルカは聞いた。
「それにしても、なぜ先生は出てこられたんですか? サヴェッリ・ファミリーに占領された馬車を、だれが……」
「詳しくは割愛するが、やってくれたのは……」
と言って、玄内はヤエに視線を投げた。
「おまえらのライバルだ」
「それって、つまり……碓氷氏」
「ああ。おかげで余計な手間をかけずに出られたわけだ。まあ、それもあとで話す。まずはおれに情報を教えてくれ」
ヤエがぐっと胸を張って、話し出した。
「はい! まずは、状況から説明します。あたしたち鷹不二氏の得たものを合わせて、聞いてください」




