126 『グラウンドドア』
ビーチェは、クワッと目を見開き、地面を見つめた。刺すように見つめた。その地面は、なにもかもがおかしかった。
「な、なにぃぃ!? 出てきた!? 地面から!? な、な、なんでその地面、ドアなんてついてるのよ!」
「だれかがつけたからついてるのよ」
「だれかって!? ……て、そんなの決まってるわよね!」
「そうね、それがわからなかったら間抜けすぎて笑えないわね」
「それも、魔法だっての?」
「答えない。言いたくないわね。でも、それ以外にないでしょうね」
ドアから出てきたルカは、何食わぬ顔でドアを閉める。
すると、ルカが握っていたドアノブが消えてしまった。同時に、ドアも消えてあの長方形も地面に溶け合うようにして、きれいさっぱり痕跡がなくなる。
――魔法《拡張扉》は、いつでもどこでも部屋を創ったり、一度創った部屋とつなぐことができる。一度創った部屋のドアノブは手のひらから取り出せる。これで、地面にドアノブを取りつけてドアを創り、部屋に入った。トリックはそれだけ。たったのそれだけで、間一髪を凌いだに過ぎない。本当はこの魔法はまだ士衛組のみんな以外には見せたくなかったのだけれど、緊急事態だったし仕方ない。本当に危なかったしね。
実際に、どんな仕掛けでなにが起こったのか、ビーチェもヤエもわかっていないし、まだわからないに違いなかった。
――……ただ。今の反応を見れば、いつどこで私が部屋に入るのか。それを考えて動いてくる。そうなれば、対策として二体以上の水人形を同時に動かしたがるはず。結果として彼女の頭の処理能力を無駄に使わせることにもなるし、処理能力限界で戦わせることで隙をつくりやすくもなる。
これは充分な効果だ。
――それにしても。関節にくっついた水は取れないわね。
着物をまとっているルカの場合、この水を拭き取るのではなく、乾かさないといけないのだろうか。
――関節の水は、ハンカチでも拭き取れない。着物を乾かせば解除できるかもしれないけれど……また部屋に入って乾かすほどゆっくりしたくない。私にはほかにも戦うべき敵がいて、サツキの力になりたいから。そのためにも、早々に片づける。
これ以上は水を浴びられない。
彼女に支配される領域を増やしてはならない。
幸い、ルカは自分が剣を持って戦うタイプではない。《思念操作》で武器をコントロールして戦う。
だから支配された腕の関節の不利も小さく済む。相手に隙を見せることにはなれどそれだけでしかなく、処理は可能なのだ。
ゆえに。
これより、ルカはビーチェを追い詰める手を順に打ってゆく。
――たったの三十秒。じっくり邪魔されずに部屋で考えたから作戦も練ることができた。攻撃をよけることに《拡張扉》を利用する戦術は、前々から考えていたけど……。戦場から離れることで冷静に考える時間を作れるというのは予想外の発見であり収穫だったわ。さあ、やるわよ。
ビーチェがまた舌打ちして叫んだ。
「ドアを創って隠れても、そんなの時間稼ぎにしかならないわ! そしてそれは無駄なこと! いけ! 《水ノ人形兵》!」
差し向けられる《水ノ人形兵》。
この水の兵隊は、物理攻撃を水の柔らかさで無効化してしまう。これに対して、ルカの攻撃は有効打を持たない。槍や刀をコントロールしても《水ノ人形兵》にダメージは入らないからだ。
だから、ビーチェ本人への攻撃が肝要になってくる。
しかしながら《水ノ人形兵》がルカに攻撃したきたとき、これをうまく防御しなければさっきみたいに水飛沫が上がり水が付着して関節を支配される。
すなわち、《水ノ人形兵》の攻撃を捌きつつビーチェ本体を仕留める、その道筋が必要なのだ。
ルカは《水ノ人形兵》をかわして槍で剣撃を抑えると。
次に、ビーチェに槍を飛ばした。
一気に五本飛ばす。
これには、ビーチェも下がりつつ回避してみせる。
「はん! たったの五本? たいしたことないわね!」
「……」
そこにすかさず、ルカは得意技を繰り出した。
「《刀山剣樹》」
ザッと。
地面に刀剣と槍の花が咲く。
ビーチェの足元から刀剣と槍が突き出してきたのだが、その数は十本や二十本ではない。もっと多くの武器が咲き乱れ、それがさながら花のように見えるのである。
さすがにビーチェは下からの攻撃が出現することは読んでいたらしく、
「知ってるっての! 『花園の大和撫子』宝来瑠香、その名の由来くらい調査済みィ!」
と飛び上がった。
加えて、《水ノ人形兵》を創り出してビーチェを空に飛ばし、より高く飛翔させた。
ルカは袖で口元を押さえて。
艶然と目を細め、淡々と述べてゆく。
「けれど。その頼れる水人形、空中では創れないのでしょう? すべて地面から錬成していたものね。だったら、今のあなたはもう抵抗力を持たないただの的。残念だけど、これで終わりよ」




