124 『アクアスポット』
サツキはミナトに言った。
「おかげで、距離もできた」
「へえ。距離かァ」
距離ができた。
それが意味するのは、フレドリックの魔法範囲外にいるということで、つまりサツキの傷が回復する時間が生まれたということだった。
――よし……なんとか、また距離が取れた。左目の《賢者ノ石》が活発になってる。血をつくって、傷を修復してるようだ。
呼吸を整えつつ、サツキは思う。
――すでに、結構《賢者ノ石》に治癒してもらってる。あとどれくらいこの左目はもつんだろうか……。
コロッセオでの試合では、それこそ死にそうになりながらも命をつないでくれた。
しかし試合後には《賢者ノ石》をメフィストフェレスが埋め直してくれた。
いつまでも頼れる無尽蔵な代物じゃないはずなのだ。
――おそらく、フレドリックさんもこれ以上は強くならない。俺が《賢者ノ石》で回復すれば、一対一なら負けない。ただし、交代でジェンナーロさんが出てくるかもしれないし、ジェラルド騎士団長も交えた四対二の戦いになるかもしれない。
突然この場に登場したミナトに対して、攻撃するよりも先にマサオッチとジェンナーロは驚きの反応を示した。
「あいつ、銃弾を斬りやがった……! かなりの使い手だな!」
「士衛組壱番隊隊長、誘神湊。噂では『神速の剣』と呼ばれるほど、速い剣を使うらしい」
ミナトがチラと騎士たちを一瞥して、小さく嘆息した。
「いやあ、まいったなァ。向こうを見ると、頭がくらくらする。世界がぐちゃぐちゃになったみたいだ。とんでもないのもいるってのに」
「遠近感が消失した状態なんだ。こちらから向こうを見た場合、より正確に言えば、あの騎士たちがいるあたりに向かっての視界は、遠近感が失われている。《消失点消失》。それを解除しないと遠近感は失われたままだぜ」
そうして、サツキは状況をミナトに伝えるのだった。
サツキがミナトと合流した頃。
士衛組の参謀・宝来瑠香は、とある同行者とマノーラの街で傷ついた戦士たちの治療をしていた。
鷹不二水軍一軍艦の軍医、『化学者軍医』松永弥英がそれであり、ルカも父を医者に持ち医術の心得もあるため、マノーラ騎士団や戦いに巻き込まれた一般人の手当に当たっていたのである。
ヤエは、少し前にあった戦いを振り返る。
「それにしても、強か相手やったね」
「『水軍司令』辺留問吾美千絵。サヴェッリ・ファミリーの襲撃者。なかなか面倒な使い手でした」
「あはは。ルカちゃんの洞察力、見事やったばい」
ルカとビーチェの戦いは、次のように幕を閉じることになった。
水を人型の兵士にしてコントロールできる魔法、《水ノ人形兵》がルカとヤエを襲ったが、この兵士はただの液体ではなく半固形化して殴る蹴るといった動きができ、しかし槍や剣は水そのもののように受け流せるので、ルカは攻め手に困っていた。
ビーチェはこの《水ノ人形兵》を両手の白い旗でコントロールしていると見抜き、その司令も旗の動きで見破って、《水ノ人形兵》に打撃が効かないため本体を狙った作戦を立てた。
そんな中で、《水ノ人形兵》は触れた相手になんらかの効果を付与できるのか、という疑問を抱いたルカだが、これが厄介なものだった。
「いけ! 《水ノ人形兵》!」
「とうとう武器を使ってきたわね」
手に武器を持つ《水ノ人形兵》。細かいコントロールができるかは微妙なところだと思っていたが、剣を持って振るうくらいはできるらしい。
ルカは魔法《お取り寄せ》で別空間から自分の所有物を取り出すことができ、《思念操作》でそれらをテレキネシスのように操れる。
槍が乱舞し、《水ノ人形兵》の剣を防いだ。
刀の追撃が《水ノ人形兵》の腕を斬る。
しかし、《水ノ人形兵》はただの兵隊ではなかった。
厳密に言えば、《水ノ人形兵》を構成する水がただの水ではなく、腕を斬られて形を崩した半固形状の水が飛び散り、ルカの肘にくっついた。
そして。
ビーチェが旗を振ると。
「え」
ルカの腕が勝手に動き、無防備に外側へ開く。そこへ、《水ノ人形兵》の剣が振り落とされたのだった。




