118 『クローズドアイズ』
フレドリックの剣は、サツキの腹部を突き刺した。
二・五倍。
魔法《透視図法的実体》で、剣の大きさを二・五倍に変えることで虚を衝いた。
いや。
油断というより、思い込みが招いた結果だった。
思い込みを振り払えなかったというほうが正しい。
予想した大きさの変化よりもそれが大きかった。
それ以上も想定していたはずだったのに、その用意を計算できていなかった。計算しなかった。
このくらいでよけられると、思い込んでいた。
二倍以上……おそらく、二・五倍くらいあったのではないだろうか。
さっきまで。
一メートルが一メートル五十センチになってやりにくさを感じ。
一メートルが二メートル十センチになって力を乗せられずに押し潰されそうになって。
一メートルが二メートル五十センチ以上になれば心構えがあっても対応できないのは明白だった。
これに応じるには、計算が要るのだ。
剣の大きさが変わるとき、それは一瞬のことであり、つまりはリーチまでもが一瞬で伸びる。
その伸びが大きすぎる。
だから。
「かはっ!」
と、口から血を吐くほどの攻撃を受けてしまったのである。
吐血量はいかほどか。
サツキは目を閉じているから、それを見ることはできなかったし、見ようとも思わなかった。
今はフレドリックの追撃を捌かねばならない。
――また血を流してしまった。《賢者ノ石》が、左目が熱い。
左目の《賢者ノ石》は再生を促し、じんじんと熱く人体を修復しようとする。
思ったよりも血が多かったのだろうか。
けれどもサツキは邪念を払うように、そんな考えを頭から追い出す。
フレドリックの剣が執拗に追い打ちをかけようとしてきた。
サツキは魔力のシルエットを見極めることだけに集中してよける。
――この人、やっぱり強い。剣術の腕もそうだが、戦い方がうまい。
目を閉じた理由は、左目の《賢者ノ石》の発動を隠すことだった。
おかげで、《賢者ノ石》の発動を悟らせずに戦えている。
――もし目を開けていて。傷が回復していくたびに左目の《賢者ノ石》が輝いたら……。この人は最初に、俺の左目を潰していただろう。それくらいに戦闘センスがある。それができるくらいに腕がある。
だが。
目を閉じたことで美点も欠点も隠せているから、サツキはまだ戦える。致命傷を受けずに戦い続けられる。
反撃のために力を溜められる。
――フレドリックさんの剣は見事だ。緩急に慣れるにはまだ時間がかかりそうだが……。この状態でも、力を溜めることはできなくない。
その間に右手に魔力を集めて、《波動》の力を高めて。
大きさを変えるフレドリックの剣をかわし続けるのがキツくなってきたところで。
「《波亀桜掌》!」
身体を深く沈ませ、サツキは正拳突きの形で、掌底打ちを繰り出した。
コロッセオでは相手を場外にまで吹き飛ばすほどの威力を何度も見せた技だが、フレドリックにはそれほどのパワーを発揮しなかった。
なぜなら。
「はああああ!」
「《透視図法的実体》!」
フレドリックの魔法、《透視図法的実体》が発動したからである。
これによって、フレドリックの装甲が大きくなった。
確かに大きくなったものではあるが……。
サツキから見れば、突然にして盾が出現したのだった。
左手首に巻かれたリングに装着された丸型の盾で、直径は五十センチ程だろうか。
それは装甲としては充分な硬度持ち、
掌底が打ち込まれた高さに、しっかり立ちはだかる壁になった。
この盾がバリアとなり、踏ん張られてしまったのだった。
しかし、フレドリックを飛ばすこと自体には成功した。
むろん――
魔力を練る作業が不完全であったとはいえ。
刺された腹部のダメージが大きく集中の乱れがあったとはいえ。
完全には踏ん張らせないくらいに、《波動》の力は強いものなのである。
フレドリックはほんの五、六メートルを、少しだけ浮いて飛ばされた。その程度にはとどまった。
バッと腕を伸ばし、手首の盾は袖に隠れるまで小さくなる。
「ワタシの《透視図法的実体》を相手に、また距離を取れたこと。感心するぞ」
「《透視図法的実体》、ですか。なんだかやりにくそうな魔法みたいですね」
魔法《透視図法的実体》。
その正体について、サツキは仮説を立てた。




