116 『サブスティテューション』
マサオッチが剣を手に飛び出す。
「それとも勝負を諦めたか!?」
剣を振りかぶったとき、ジェンナーロがマサオッチを叱責した。
「やめろ! ヤツには見えている!」
「は? なんだと!?」
刹那、サツキの刀が舞った。
サツキはマサオッチとの距離を詰めるように踏み込み、刀を斬り上げるようにした。
しかし、すんでのところでマサオッチは踏みとどまる。
「く!」
「諦めるものか」
刀が宙を切る。
マサオッチはサツキから下がって舌打ちした。
「ちっ。その緋色の目。閉じてても使えるのか」
「そのようだ。ヤツの目が優れていた、マサオッチの魔法よりもな。ジェンナーロさんの援護があったにもかかわらず《消失点消失》が破られては、勝利のための手を導き出されるまで幾ばくもあるまい」
「ま、まだっ」
「ここからはワタシにやらせてくれ」
フレドリックが申し出る。
「クソッ! ……わかりました、頼みます」
不服そうなマサオッチだったが、フレドリックの言葉には従うようだった。ジェンナーロとフレドリックはマサオッチの師でもあるから逆らうはずもなく。
サツキの相手は、フレドリックへと入れ替わる。
「さて。『瞳の三銃士』の一人、この『死の臨界点』符炉家丁振土陸が貴様の相手をしてやろう」
実は、サツキは『瞳の三銃士』の中でも、フレドリックをもっとも警戒していた。
まだ魔法を一切見せていないだけではない。
なんとなく、直感でしかないだが、戦闘技術が三人の中でも特別優れているように思うのだ。
「光栄に思え、城那皐。ワタシの手で葬ってやるのだから」
「さっそく魔法を見せてもらいたい。いいですか?」
「ああ。見せてやるさ。ただし、消失点は依然消えたままだ。そのまま戦ってもらう」
「構いません」
目を閉じたまま、サツキは言った。
フン、とフレドリックは鼻を鳴らし口元をゆがめた。
「ワタシたちはサヴェッリ・ファミリーと手を組んだ。しかし、『ASTRA』はそれによるおまけであり、マノーラ騎士団など眼中にもなく、貴様ら士衛組を打倒し王女姉妹を取り戻すことこそが使命。士衛組の首魁である貴様は当然ワタシたちがマークする最大の相手だ。よって、貴様はワタシがここで始末する」
またわからないことをフレドリックは言っているらしい。
サツキはたまらず言い返す。
ただし、冷静に。
「クコを取り戻すという意識が間違ってます。取り戻すべきはアルブレア王国です。クコは自分の意志で戦って、国を守ろうとしている。俺はクコの望みを叶えるために戦ってる。そして仲間のために戦う」
「どっちでもいい。ジェラルド騎士団長は公平な方だ。クコ王女を前にすれば、ちゃんと話を聞くと言うだろう。だが、貴様の始末は絶対だ」
「いや、生かせ」
と、ジェラルド騎士団長が後ろから言った。
フレドリックは感情を出すことなく、ただ淡々と答える。
「はっ」
「……」
「よかったな。貴様の話も聞いてやるつもりがあるらしい。だが、それはクコ王女の話を聞いたあとだろう。殺しはしない。だが、五体が無事でいられるとは思わないことだ。自慢の目も、《波動》を使うというその腕も。ワタシと戦ってそのままでいられると思うなよ」
思った以上に、ジェラルド騎士団長は聞く耳を持っているらしい。
だが、やはりサツキから話を聞くのは後回しなのだろう。
フレドリックも冷静さを持ち、殺さないとは言ったが、それは命だけは奪わないという話で、それ以外に保証されたものなどない。
戦闘後、歩くことさえ、目を開くことさえ、腕がついていることさえ保証されていない。
その上で。
ジェンナーロ、ジェラルド騎士団長と連戦しなければならない。
――とにかく。士衛組の原則は勝つこと。いくらジェラルド騎士団長がクコから話を聞けばわかってくれる人かもしれなくとも。俺がここで倒れるわけにはいかない。士衛組は勝たなければならない。
勝つことでしか守れないものもある。
明日の裁判も、ここで負ければ士衛組の名前は民衆の支持を失い泥のついた余計なものとなり。
アルブレア王国での決戦も、ここで負ければクコの意志は失われジェラルド騎士団長主導の戦いしかできなくなる。
フレドリックの剣が魔力反応を強め。
「いくぞ!」
剣と剣がぶつかったとき。
サツキの刀に、フレドリックの剣にあった魔力が付着した。
それが魔法発動の合図だと、サツキは理解したのだった。




