107 『ミステリーレクチャー』
《八怪学講義》。
怪異に関する八つの魔法の総称がそれであり、陰陽術である。
忍術が皆伝される術式であり魔法であるのと同じく、この陰陽術もまた受け継がれてきた魔法技術だった。
術者は代々陰陽師の家系である安御門家。
千年以上続くこの大家は、長い長い時をかけて術を磨きあげてきた。朝廷に信頼され国家レベルの仕事も果たしてきた。今も王家の権力の一端に数えられるほどだ。その傑作を、安御門家の者以外に扱うことはできない。
そして。
安御門家の歴史上最大の天才にして嫡子、『大陰陽師』安御門了明はこの《八怪学講義》を至上最高精度で顕現する。
「《視怪》で視た結果がそうなんや。けれどもそれは絶対ではない」
「確か、式神を使って物事の良し悪しを見抜く。それが《八怪学講義》の一つ、《視怪》。でしたか」
「せや」
「この戦いが明暗を左右するのなら、なんとしても勝たなければなりませんね。勝利は士衛組の至上命令です」
「ええなあ。さすがはサツキはんや」
リョウメイは愉快そうに唇を歪ませた。
建海ノ国に軍監として仕えるリョウメイだけに、視点は政治的になる。
士衛組の価値を見極める基準が政治眼になる。
それでいくと、士衛組は当主・スサノオのためにも是非とも押さえておきたい組織であった。
なんといってもリョウメイは、次期天下人の呼び声が高い『魔王』スサノオの頭脳であり参謀役なのだ。
見逃す手はない。
若干二十四歳ながら陰陽師としても政治家としても卓抜したリョウメイゆえ、策は巡らせている。
しかし好事家でもある彼だから、それはそれとして、個人としてあるいは友人としてサツキ、リラ、ミナトに協力してやりたいとも思っていた。
リョウメイとは変わった人だった。
稀代の陰陽師であり、優れた外交官であり実業家であり。
『なんでも屋』から『予言者』、『妖怪博士』に『怪異専門家』などなど様々な異名を取り。
拠点の洛西ノ宮を離れて王都・天都ノ宮でも活動し、王都の治安を守る『王都護世四天王』の一人に数えられ、『王都の監視者』とも呼ばれ。
そのくせ、すべてはスサノオのためという行動原理に基づいていながら。
なぜだか、サツキとリラとミナトには友人として特別な協力をしてやりたくなってしまう。今回だけは、リョウメイの行動原理はスサノオにはなかった。
それなのに。
「リョウメイさん、そのためにはわたくしたちはどう動いてゆけばよいのでしょう?」
いざリラにそう聞かれると、答えに窮してしまう。
助言も思いつかないような難題だからではない。リラの最良を考えた助言ならひょいと差し出せる。
しかし天邪鬼な性格が顔を出し、濁した言葉で煙に巻く。
「うちに任せるのはおすすめできへんなあ。うちに未来を選ばせれば、スサノオはんのための未来を創ってまう。リラはんはリラはんで、自分で考えて動かな」
「そうですよね。すみません」
リラが引くと、今度は意見をくるりとひっくり返す。
「けど、せっかくの道連れや。こうしていっしょに動いとることやし、すべての選択をリラはんにさせるのも宜しくないわなあ。それは無責任いうもんや。そんなわけで、口出しくらいはしたるわ」
「いいのですか? もしリョウメイさんが行きたい方角があれば、わたくしがついていきますよ?」
「これはリラはんら士衛組の戦いや。うちが先導することやない。リラはんが決断したほうにうちは今回ついていくし、なにかあれば助けたる」
「ありがとうございます。スサノオさんとゲンザブロウさんとも離れ離れになってしまって、お二人を探さないといけないでしょうに」
「いやいや。スサノオはんとゲンザブロウはんなら平気や。放っておけば、きっとお友だちのミナトはんのために戦うとか言い出すやろ」
リラはこの日、午前中からサツキといっしょに出かけていたのだが、その最中でリョウメイたちに出会った。スサノオとゲンザブロウとは初めて顔を合わせた。しかしその直後、空間の入れ替えが起こり、サツキとは離れ離れになってしまった。さらにそのあと、スサノオとゲンザブロウとも離れ離れになり、今はリラとリョウメイの二人しかいない。
「士衛組のために戦っていただくことになったら、あとで恩返ししないとですね」
「それを期待するスサノオはんやない。が、今このマノーラには鷹不二氏もおる。うちら碓氷とオウシはんら鷹不二氏は、いわばライバル関係。双方に恩をつくることにはなるやろけど、うまくやらなあかんで?」
「どういう意味です?」
大変な旅をして様々な人間の思惑も見てきたリラだが、このお姫様にはまだまだ政治的な計算が頭の中にない。
「少し説いたるか」




