104 『マルチアングル』
チナミは、フウサイの故郷、鳶隠ノ里でもその素養を認められ試練を突破し、免許皆伝の巻物をもらった。
以降、本物の忍者・フウサイに師事して忍術を学んでいる。
また、免許皆伝の巻物は口にくわえると忍者の姿に変身でき、影にまつわる三つの忍術も使える代物だった。
それぞれ。
《影分身ノ術》。二人に分身できる術。
《影身隠ノ術》。人の影に隠れて潜む術。
《影模写ノ術》。存在感が極端に薄まり、影のように人に認識されにくくなる術。
この中で、コツが要るのが《影分身ノ術》になるだろう。
分身体は一つしか創れないが、その分身体は本体のチナミ自身の意識で動かすことになり、分身体が持つ視野も本体が共有するからだ。
それゆえ、チナミは普段ほか二つを使用することが多かった。
しかしサツキの説明は《影分身ノ術》を扱うチナミだからこそよく理解できたし、その知識のおかげで『サードアイ』が視野と空間把握能力の補完を助ける魔法だと読めた。
――あとは、一気に叩く。
チナミは銃弾をよけつつオリエッタに接近してゆく。
「へえ。動けるじゃん」
銃を構えたあとは、オリエッタが有利に思えた。
狙いをつけて発砲するだけのオリエッタに対し、チナミはよけながらなんらかの攻撃をしなければならない。
手裏剣やクナイを投げたり、剣で斬ったり。
選択は多いが、銃の速度に対応して戦うには距離を詰めるのが賢い。
初速ならばチナミに分がある。
近づけば、チナミの手業がオリエッタを仕留めるほうが早い。
――へえ、やっぱり。『小さな仕事人』。あんたの狙いはわかってる。近づいてその剣を抜くんだろう? だけど、あたしの《サードアイ》がそれは許さない。
オリエッタはバン、バンと銃を撃つ。
「《サードアイ》か機動力か、どっちが勝つか!」
「目は、つぶす」
華麗によけて、チナミはクナイを投げた。
「なに!?」
つい、オリエッタは片目を押さえた。
クナイが《サードアイ》に刺さったからだ。
正確に言えば、《サードアイ》はシール状になっており、鋭角に飛来したクナイによって、ひっかくように剥がされてしまった。
そこで、効果が消える。
もう一枚もチナミの手裏剣が剥がした。
「今まで、やられたことなんてなかったのに!」
初めて《サードアイ》を剥がされた。そのせいで、オリエッタは反射的に目を押さえてしまった。
その隙に乗じてチナミはもう一枚の《サードアイ》も剥がした。
「でもそこが隙になってんのよ!」
オリエッタが銃弾を放つ。
「近づき過ぎたね! 『小さな仕事人』!」
近づいたせいで、狙いがつけやすくもなる。
適切な距離感では、オリエッタも外さない自信があった。
現に、チナミはオリエッタの銃弾を頭に受けた。
「やったわ! やった! くあっはっは……え?」
しかしながら、チナミは頭を撃たれると。
消えた。
まるで元々煙だったものが実体化していて、それが元の煙に戻ったかのように、ドロンと消え失せてしまった。
「消え、た……?」
次にオリエッタが気づいたのは、背後の気配である。
「《潜伏沈下》」
背後で、地面からチナミが飛び出したのである。
後ろ側を見透す《サードアイ》がない今、オリエッタはそれを気配でしか察し得ない。否、チナミがあえて声に出したことで気づけたに過ぎない。
「《雪華一片》」
剣が舞い、オリエッタの右腕が斬られた。
美しき一刀の技は《雪華一片》。
玄内に習った新たな魔法であり、斬った血の一片が噴き散ると、その箇所が凍りつき結晶となる。
血は、氷で固められた。
この一刀でオリエッタは銃を取りこぼし、チナミが背中を拳で強打すると、オリエッタは正面から倒れてしまった。小柄に似合わず重い打撃だった。
最後に、チナミは『冷泉飛鳥』を納刀して代わりに扇子を取り出し、風を送る。
「《砂異眠演舞》」
砂を乗せた風はオリエッタの目に入り、彼女は眠りに落ちた。
チナミはブリュノのほうへと顔を向ける。
「どうやら。チナミくんのほうも終わったようだね。見事だったよ」
「はい。ブリュノさんも素晴らしかったです。お疲れ様です」
「ああ。お疲れ様。時に、最後はどうして消えて地面から現れることができたんだい?」
トコトコとチナミはブリュノの元へと歩み寄り、「なにしやがる」と喚くイーザッコにも「《砂異眠演舞》」をかけて夢の世界へと落としてやった。
「隠れていただけです。消えたあれは、影分身ですから」




