90 『マリシャスポリティシャン』
『茶聖』辻元恒は、戦術家ではなく政治家だった。
元来、晴和王国において。この新戦国時代の茶人というものは、武将の相談役でもあり知恵袋にもなる情報官だといえる。目端が利く雅人たちが集う茶会は情報の集積場だからだ。
そんな茶人の中にあって、とりわけヒサシは政略眼に優れていた。
主である大将・オウシの心をよく読み、国をよく見、政治家としてよく信頼された。
そのヒサシがヨセファの魔法を破壊した理由は、オウシの胸中を知り、補助するためだった。
――大将の行動予測をすれば、答えは簡単に出たよ。ボクって、政治を考えるのが好きだから。
国家を治め、整える策。
今ヒサシが考え得るこの経綸を演算した結果が、破壊なのである。
――ボクが彼女の魔法を壊せば、どうなる? そう、シンプルだ。サツキくんとロメオくんが解除せざるを得ない。
魔法の解除ができるのは、サツキとロメオ。
ヒナもそれはすぐに思いついたようだ。
事実、そうすべきである。
だがしかし、サツキとロメオはサヴェッリ・ファミリーのボスを探している最中。
必然的に、少なからず魔法解除部隊として動いてもらうことになる。
これは二人にとって、余計な手間を増やすことを意味した。
同時に。
鷹不二氏にとっては、その手間を増やすことが重要なのだ。
――あの人……シスター・ヨセファに簡単に解除させるより、サツキくんとロメオくんを解除部隊として駆り出させたほうが都合がいいんだよねえ。
妨害工作がしたい。
邪魔をしておきたかった。
――なぜって。彼らがクコくんやサンティくん、そのほか《人格ツボ押し》の餌食になった人たちに手を焼いている隙に、ボクたち鷹不二は彼らのための情報収集をして成果を出したい。そのための時間稼ぎになるんだよねえ。
一見すれば、ヒサシの計画は協力的で良心的で、だれもなにも気にする必要はない。
どうせヨセファは魔法をかけた相手のことすら覚えていないのだから。
ただし、サツキとロメオの時間を奪うことを念頭に置いた魔法破壊行為は良心的ではなかった。良心の呵責すらない。
別の手法でも解除できるところ、その一つを消滅させ、退路を断ったのだ。
そこが肝なのである。
本質はサツキとロメオの妨害工作であり、かといってそれを進んですることは悪意からではなく、自分たちの成果のためでしかない。
悪意なく足を引っ張る味方、という立ち位置にヒサシの食えなさがとてもよく表れている。
そしておそらくそれは、このマノーラのだれにも気づかれていないし気づかれることもない。
もっとも近くで観察できるヒナだけが、気づける可能性を持っている。
――たぶんだけど。大将はボクたち鷹不二が武功を挙げることでの解決は望んでいない。そんな恩を売っても、マノーラ騎士団から欲しいものなんてこれっぽっちもないし、『ASTRA』や士衛組が代わりに差し出してくれるのはせいぜい武力のみ。その程度の恩なんか要らない。なんなら、ボクたち鷹不二の戦闘能力で派手に勝利を収めると、鷹不二がマノーラで人気を得るだけ。
この点、実にオウシをよく理解していた。オウシもまったく同じことを考えていて、チカマルにもそう話していたからだ。
――それ以上に、大将はサツキくんたち士衛組に華々しく敵のトップを討たせたいはず。そうすれば、士衛組は明日の裁判でも民衆が味方につきやすくなり、裁判で勝てば士衛組の評判はうなぎのぼり。
裁判で勝てるかはわからないけど、とヒサシは思うが。
オウシは士衛組に賭けているのだろう。
――だから。鷹不二がいなければどうなっていたか……って思うくらいの要所は、押さえておかないとねえ。
チカマルに対しオウシが言った、クリティカルな手助けがしたいとの言葉と同じ考えである。ピタリと主の思考が読めている。
――もし助けがなかったら……。マフィアに勝てなかったかもしれない上に、裁判でも不利になる。そう思わせることも大事だ。恫喝も説法もしないけど、気づかないほど鈍感な士衛組局長じゃないか。
その点、揺する必要もないだけ安心できる。
ちなみに裁判の不利は、『あの『ASTRA』とマノーラ騎士団と組んでおいてマフィアから街を守れなかったこと』による怨嗟が、民衆から応援をもらえずそっぽを向かれる結果を生むためである。
そうなると、アルブレア王国上陸を直前にした最悪のタイミングで士衛組という看板に泥を塗ったも同然、組織として相当苦しくなる。
――そうはなってほしくないんだよ、ボクも。できる限りの協力と妨害をしてあげないとねえ。そんな想いで、士衛組に寄り添うつもりなんだからさ。




