82 『ジャックポットプラン』
ミナトの誤算は、二つある。
一つ目は、グリエルモが逃げると思っていたことであり、グリエルモがそれ以上の策略を持っていると考えなかったことだ。
二つ目は、グリエルモの魔法発動の条件と効果を、あくまで主観的に考えてしまったことである。
「実はね、誘神湊くん。私の魔法は《博打計画》といって、極めて自由度の高い願望成就装置になっているんだよ」
グリエルモはひとりごつ。
背後では、すでに空間の入れ替えが起こっている。
それもわかって。
ミナトがもう自分の姿をその目に映していないこともわかって。
もう自分の声など聞こえないとわかって。
タネ明かしの言葉を続ける。
「この博打にベットするのは私自身。つまり、私はプレイヤーでありゲストだった」
そうなると。
「キミはあるいはディーラーであり、またあるいはスロットマシーンだった。たとえば、結果を受け入れて報酬を差し出すばかりの機械仕掛けな存在だね」
おそらく、ミナトはグリエルモが魔法を使うことまで読めていた。
だが、それ以下がすべて思い込みによる勘違いになっていた。
ミナトは自分をプレイヤーと認識し、グリエルモをディーラーの役割だと思い込んでいたに違いなく、事実そうだった。
それが実際は、プレイヤーはグリエルモ自身であり、ミナトは『プレイヤー・グリエルモの賭けに参加させられた』だけの存在、すなわちディーラーだった。
ただし、なにも進行することなく、配当するだけのスタッフ。
「悪くないディーラーぶりだったよ。キミがなにを考えているのか、表情から読み取れないことが、駆け引きを楽しいものにしてくれた」
カジノの主役はプレイヤーといって差し支えないだろう。
反対に。
ディーラーは黒子でありながら、時にディーラーはゲストを楽しませるエンターテイナーでなければならない。
しかしミナトは無知のディーラーであり、ゲストによって用意されたエンタテインメントそのものであった。
「私の問いに答えた時点で、キミはディーラーになった。私の賭けは私の目によって勝利をつかんだ。いや、目で見て押しつけたのだ。キミに、敗北を。コインの裏側という敗北をね」
真実グリエルモの目にはコインの回転がくっきりと見えていた。
だから、コインの表面を左の手の甲に押しつけられたのだ。
「誘神湊くん。キミは私が逃げるだけと思ったのが甘かった。私の《博打計画》は賭け事をする両者にできうることならばなにもかもが叶う。ただし、物理的に。心は操れない。だからキミに嫌われたことをなかったことにして、キミに好かれることはできない。私はキミに嫌われたけど、キミのことは好ましく思うよ。いずれ、キミたち士衛組が必要とするなら手を貸そう。ただ、今回だけは『ASTRA』にだけ協力することに決めた。『ASTRA』との対決は避け、共生する道を選んだ。キミのおかげだ」
グリエルモが歩く先には、『ASTRA』の人間が見えた。
なんの変哲もない、ジェラート屋の青年である。
彼はグリエルモの視線に気づき、目が合う。
しかしなんでもない顔で視線を外す。
このときの彼の手の先にはわずかな緊張があって、動きがやや硬くなっている。
それを、グリエルモの鋭い目が見逃さなかった。
当然、彼がグリエルモがサヴェッリ・ファミリーだとわかって警戒しているという証左である。
「私はさっそく『ASTRA』に会えたが、キミが次にだれと出会うのかは、神のみぞ知ることだ。……いや、はははっ。違うね。キミたちは神の教えと戦う異端児だ」
地動説証明の裁判を控えた彼らは、まだ宗教たる天動説が一般的な世界では異端児だった。
宗教側と手を組むサヴェッリ・ファミリーが、それゆえに士衛組に敵対しているのだから。
「キミたちに言わせれば、このマノーラでは、人と人との出会いは偶然の賜物でしかないのかな。まあ、私も神など信じていないが」
グリエルモは平然と、『ASTRA』の青年の元へと歩いていく。
「サヴェッリ・ファミリーが仕掛けたこの舞台装置の上では、術者自身も知らない。入れ替えはランダムに行っている。彼はなにもわからず舞台を動かし、なにもわからないまま物語を動かし続けている。だから、誘神湊くん。キミはキミ自身の未来像を描き、シナリオを創ればいい。未来像さえあれば、辿り着けるだろう」
それこそがバックキャスティングだ、とグリエルモはつぶやく。
そして、青年の目の前にやって来て、グリエルモは声をかけた。
「私だよ。キミもわかっての通り、サヴェッリ・ファミリーに籍を置いていた者だ。しかし、私はついさっきサヴェッリ・ファミリーを辞めた。誘神湊くんの助言でね。彼には剣で負けたが勝負に勝ったわけさ。結果、助言を得られた。ゆえに同時に、今から『ASTRA』に協力すると約束しよう」




