53 『ホワイトフラッグ』
ルカが対峙するのは、『水軍司令』辺留問吾美千絵。
サヴェッリ・ファミリーのマフィアであり、魔法《水ノ人形兵》によって人型の水を創り出すことができる。
――『水軍司令』。この人は司令官なのよね。つまり、《水ノ人形兵》の指揮がメインの戦闘スタイルになるはずだわ。
しかし、それだけであろうはずもない。
――《水ノ人形兵》の指揮は、おそらくあの旗によって行われる。
さっきも、旗を振ることで《水ノ人形兵》を生み出し攻撃してきた。
――白い旗を振ることで《水ノ人形兵》が生まれた。でも、本当に白い旗によって生まれたのかは判断を保留しないといけないわ。地面の中に潜んでいただけで、旗は地面から飛び出して攻撃を仕掛けるって合図だったのかもしれないのだから。
ルカは慎重に考えてゆく。
――ただ、それも含めて、旗の動きはすべてがフェイクの可能性すらあるのよね。法則を観察させ、こっちがその法則を導き出したところで、旗の動きを囮に攻撃を仕掛ける……そんなやり方だってできるわ。
しかもそれは戦術の一端でしかない。
――そもそも、《水ノ人形兵》になにができるかが気になる。
絶対に、ただ水を人型にして動かすだけではないはずなのだ。
――わかっている情報では、《水ノ人形兵》は『水軍司令』を上空に放り投げたように、単なる液体ではなく、半固形化して人に触れるアクションを起こせる。殴る蹴るとか、物をつかむとか、人間にできることは《水ノ人形兵》にもできると思って行動したほうがいい。
いくら槍や剣を無効化されたとはいえ、こっちへの攻撃手段がないわけがなく、警戒はしてもしすぎるということはない。
――予想だけど、《水ノ人形兵》は水を操れる技の一部でしかないんじゃないかしら。ひるがえって言えば、水は人型以外の別の形に変化することもあり得るということ。そうなると、《水ノ人形兵》が次に私を殴ろうとしたとき、私に接触する直前で形状が変わる可能性も頭に入れておきたい。水を固形化させることはもちろん、触れた相手になんらかの効果を付与することまでできるのか否か……。あるいは、ほかの用途もあるのか。
ビーチェが見せた《水ノ人形兵》には、隠しておくことで切り札として使える応用が多いのが特徴だ。
情報の開示が相手の行動を縛り婉曲的なコントロールにつながる点など、見せる部分を絞ることでおもしろいように翻弄できる魔法といえた。
だが、ルカが思いつく可能性をすべて包括するほどの魔法でもないと思われる。
「どうしたの? なんにもしないの? 口だけ?」
挑発してくるビーチェ。
ルカは煽り返す。
「少し分析していたのよ。あなたが白旗を振って降参しそうな素振りにも見えたし」
ルカはまだまだ分析が足りないから、実際は口だけの状態なのだが、この手の感情的になりやすそうな相手にはそれで時間が稼げるとわかっていた。
「はい? おまえバカなの? この旗が降参するために持ってるように見える?」
「あら。そのために持参しているなんて用意がいいって、感心していたのだけれど。違うの?」
「ワタシも司令官だし大人だからあんまキレたりするつもりないけどさ、ほとんど無名の弱小組織のガキが調子乗んなよ? おまえが参謀なんて、どんだけ人材不足なんだって話」
イライラしているビーチェの顔と手を観察して、ルカはここからの方向性を定めた。
――顔全体、さらに耳まで赤みが帯びてきている。本当に頭にきている証拠ね。同時に、旗を握る手にも変化が見える。怒りで握りを強くしただけじゃないわ。白い旗を握る左手の握力がより増している上に、手首をやや内に曲げた。これから白い旗を動かす……つまり、旗が《水ノ人形兵》の操作に関わっていることは必至。フェイクでこの細かい動作を差し込むほど、怒りをコントロールできる人とは思えないしね。
ルカの分析が少しずつ積み重なっていこうとしているところで、突然、真横に《水ノ人形兵》が飛び出した。
しかしそれは、白い旗が振られたのといっしょだった。




