49 『チームプロブレム』
士衛組の参謀、宝来瑠香は一人で歩いていた。
さっきまではクコといっしょにいたのだが、空間の入れ替えによってクコとは離れてしまった。
そのとき、ルカは仲間との合流と主犯格の特定を目的とする旨をクコと話していたので、
「まずは、情報を集めながら仲間と合流しないといけないわね」
と思っていた。
仲間がいっしょにいないと、強敵を相手に戦えないケースが出てくる。情報を集めるにもルカの力だけでは限度もある。
参謀という立場に反して、ルカはそう思うくらいには自分の力を過信していなかった。むしろ、ルカの頭脳はサツキの頭脳をいかに補佐できるかに価値があるとまで思っている。
――考えてみれば、今回私たち士衛組は『ASTRA』と違って情報伝達が甘いわね。
そのせいで『ASTRA』のリディオの通信魔法に頼らざるを得ず、士衛組が士衛組として動くことができない状況だった。
――情報伝達については、クコがいればうまく機能すると思っていた。でも、ソクラナ共和国での盗賊たちとの戦いでは、サツキの司令と事前の打ち合わせがあったからこそだったのだと実感するわ。まさか士衛組が、突発的な襲撃にこれほど弱いとはね。
ソクラナ共和国の首都、『千と一夜の物語を伝承する街』バミアドは別名『大陸の五叉路』とも呼ばれ、多くの人が入り乱れる円城都市である。
そこに闇夜ノ盗賊団が現れたとフウサイが気づいたとき、士衛組はサツキの司令の下、組織の知名度を上げるために盗賊団と戦った。
サツキの司令は見事だったし、隊ごとに動けていたから、クコが各隊の隊長とテレパシーで連絡を取り合って、スムーズな連携が取れたものだった。
しかし、クコのテレパシーにはイヤホン型の装置を使う制約があり、各隊の隊長しかそれを持たない。
だから、こうした咄嗟の事態には対応できない。
――『ASTRA』みたいには無理でも、士衛組も情報伝達がもっとスムーズにできないと、いざって時に大きな危機に陥るわ。次なにかあったとしても、『ASTRA』が側にいるとは限らないのだから。
おそらく、ルカは士衛組の中でもだれより士衛組のことを考えている。
最初はサツキのことが気に入り、旧知のクコとリラの力になりたいと思っていただけのルカだが、参謀という役職と仲間と過ごした時間、そしてサツキやクコの士衛組への想いを側で見てきて、士衛組のことが大切になっていたからだった。
そんなルカだから、こういう時こそ浮き彫りになった士衛組の課題を考えずにはいられない。
組織内での通信をなんとかできないものか、ルカには魔法や魔法道具によるその対策は思いつかない。その手のことなら、士衛組のご意見番にして『万能の天才』玄内に聞くしかない。
代わりに、ルカは情報伝達が強化されることで得られるメリットや、このままの情報伝達力の場合に生じるデメリットを吟味することにした。
そうやって通りを進んでいると。
マフィアと一般市民が戦っているのが見えた。
一般市民は『ASTRA』だろう。
秘密組織『ASTRA』の構成員のほとんどは、普段は一般市民として生活しているからである。
それを嗅ぎ分けて『ASTRA』を襲撃しているのか、ほかの一般市民やマノーラ騎士団が襲われたのか。
騒ぎになっているそこへ、ルカは応援に駆けつける。
「大丈夫ですか?」
手のひらを向け、ルカは魔法を使った。
なにもなかった空間から、槍が飛び出す。
槍は三本。
魔法《お取り寄せ》で、自身が所有する物を別空間から取り出せる。さらに、もう一つの魔法《思念操作》で、それをどんな軌道で飛ばすかコントロールするのだ。
マフィアの剣や銃を払うが、コントロールが完璧ではないため、よけて銃撃してくるマフィアもいた。
ルカは《思念操作》で槍をぐるぐると回転させて、銃弾をはじいた。
「ありがとうございます。あなたは、士衛組の方ですね」
「はい」
「ぼくは『ASTRA』です。ただ、戦闘は得意ではなく、危ないところでした」
答える『ASTRA』だが、ルカは「まだ気は抜けません」と次の槍を飛ばしてマフィアの銃を狙った。
マフィアのほうも、ルカが何者なのかを認識して、
「てめえは、士衛組だったか! 確かに、その顔は士衛組参謀の宝来瑠香だな」
「……」
ルカが相手のマフィアの顔色を見て、わずかな表情の変化に気づく。
――少し……ほんの少し、笑った? なぜ?
そのとき、背後に違和感を覚える。
明らかになにかがある気配で、事態を察した。
――やられた。背後からの奇襲。実に効果的なタイミングだわ。
だが、目の前にいるマフィアに隙を見せないためにも、ルカは振り返ることができなかった。
しかし、目の前のマフィアの顔がゆがんだ。
――いったい、なにが起こったの……?
その疑問は、ルカの背後で行動を起こした人物の口から直接声にして解決される。




