20 『スサノオ』
迷い込んだ庭園。
そこで、サツキとリラは、とある人物に出会った。
傲岸不遜、高貴な声。
現れたのは、圧倒的な存在感を放つ青年だった。
身長は一七四センチほど。長い髪は高潔で美しい。平安貴族のような雅さで、澄ました瞳を細めサツキを見おろす。口の端をゆがませ、精悍で美麗な顔が不敵に笑む。
装束も平安貴族のようで、深紅の鞘に収まった刀を下げる。それが天下五剣の一振り『草薙剣』であるとはサツキには判じようもない。サツキが見る限り、彼は晴和人だろうということしかわからない。
振り返り気味に、リョウメイは青年に言った。
「うちのお友だちや」
「貴様の友か。おもしろい。確かな歌が聞こえてきたぞ」
「さて、サツキはんにリラはん。紹介するわ。こちらが、うちが仕える建海ノ国の当主、碓氷荒王や」
「いかにも。余が、建海ノ国のスサノオだ」
スサノオは鋭く刺すような声で名乗った。
碓氷荒王。
『魔王』、『文化英雄』、『時代の寵児』、『美しき公達』、『赤い風雲児』など呼び名には事欠かない。世界でもっとも多くの呼び名を持つ偉材の人と言って過言でない。
スサノオは、オウシやトウリと年が同じで、今度の十一月三日に二十三歳になる。派手で美々しい艶やかな衣装に負けない貴族的で秀麗な顔立ちをしている。
後ろには身長一メートル九〇センチ弱の長身の青年が控えている。執事のような燕尾服に身を包み、一見スサノオのボディーガードのようである。ニコニコと柔らかい微笑みを携えているが、どこか食えない感じがあるとサツキは思った。
彼ら二人は、和風と洋風のコンビはおかしな取り合わせながら、不思議とよく調和していた。
「ワタクシは沢元三郎と申します。以後、お見知りおきを」
さらりと名乗るゲンザブロウ。
このゲンザブロウとスサノオは昔からの主従関係にある。
サツキとリラも名乗り返す。
「俺は士衛組局長、城那皐です」
「わたくしは士衛組参番隊隊長、青葉莉良と申します」
スサノオはなにを思ったか、いきなりサツキをビシッと指差した。
「そなたの目の奥に、光溢れるのがわかる」
「……」
返答に戸惑うサツキ。それを表情には出していないが、リョウメイがおかしそうに笑って口を出す。
「ほら、スサノオはん。サツキはんが困ってはるわ。やめたっておくれやす」
「サツキといったか。そなたが積み重ねた時の彩りはわからぬが、明日へと続く道の中で咲く花が、余には見える。覚えておいてやろう」
「よかったなあ、サツキはん。覚えてもらえるそうやで」
「はあ」と、サツキは曖昧にうなずく。正直、なにを言われたのかピンとこないし、お礼を言うほどうれしいことなのかもわからなかった。
「アルブレア王国の第二王女のほうは、だれもが知っている。覚えるまでもなきことだ」
「せやなあ」
「サツキ、余はそなたを買ってやる。これから、巻き起こせ」
それだけ言って、スサノオはサツキに背を向けた。
――巻き起こせ?
サツキにはスサノオがなにを巻き起こせと言っているのか、よくわからなかった。
巻き起こせの意味がなんなのかとサツキが思っていると、リョウメイと目が合った。
リョウメイが薄く微笑して、サツキの疑問を察して教えてくれた。
「スサノオはんの『巻き起こせ』いうんは、『頑張れ』とか『やってこい』とかって激励の意味があんねん。あれを言うんは、気に入った相手に対してのみやから、サツキはんは気に入られたんやなあ」
「な、なるほど」
「せや、サツキはん、これから予定は?」
もうスサノオの姿が消えかけたところで、サツキは言った。
「リラともう少しマノーラの街を回ろうかと思っています」
「そうか、残念やで」
「なにがです?」
と、リラが疑問に思う。
「これから、ひと騒動起こるっちゅうことや」
リョウメイがそう告げると、人の気配がしてサツキとリラは振り返った。
庭園に、鎧の音を鳴らして侵入してきた者たちがいる。
騎士だった。




