141 『ボウルドリーディスクローズ』
サツキは聞いた。
「柔術との相乗効果まで計算して、その魔法を編み出したのかね?」
「さすがにサツキくんは気づいていたか」
と、ヒヨクは苦笑した。
おずおずと、クロノはヒヨクに尋ねる。
「すみません、サツキ選手はなにに気づいていたのでしょう?」
それを受けて、ヒヨクは爽やかに答えた。
「《中つ大地》の付加効果についてです。《中つ大地》は引力を生む。手の中にあれば、そこに物体は吸い寄せられる。しかし、《中つ大地》は引き寄せた時点で消える魔法じゃない」
「ええ。サツキ選手は、自分の身体に触れることでそれを解除していましたね。でも、なぜもう引き寄せたあとなのに解除したのでしょうか。そこに《中つ大地》の秘密があるのですね?」
「そうですね。《中つ大地》がなんのためにあり続けるのか。それは、引き寄せ続け、逃がさないため。ぼくら人間が地球に立っていられるのは、地球には物体を引き寄せる力……すなわち引力があるためです。でも、突然地球が消えたら? 人は宇宙を漂う。もし近くに引力の強い星があれば、そっちに引き寄せられることでしょう」
「なるほど! つまり、握力を使わずに、相手を離さない! 擬似的な握力によってその手に引き寄せ続ける! それが、ヒヨク選手の驚異的な握力の秘密だったということですね!」
「はい。自ら開示することにメリットもないですが、知られて困る効果でもありませんからね」
にこりと微笑むヒヨクに、クロノが感激の声を上げた。
「なんという王子様なスマイルだー! 器の大きさと、情報を教えても構わないと言い切るほどの魔法、そして自信! 非の打ち所がないぞ、ヒヨク選手!」
またもや、会場からは声援が響いた。
「さっすがヒヨクくん! サイコー! 爽やかなのに大胆でしびれちゃうー!」
「やーん、大胆なヒヨクくんカッコイイー!」
「マジか、あいつ。すげえな」
「だが、次の試合からあの魔法が封じられるわけじゃない。そういう魔法だ。だからアリなんだよな」
「おれ、あいつ爽やか過ぎてなんかナヨナヨしてる感じして嫌いだったけど、あれはそういうんじゃないっぽいわ。ガチで絵本の中の王子様な上で、ガチでつえーんだ」
「平気であんなこと言うからには、もっとすごいもん隠してるのか? やべえ、なんか震えてきたぜ」
これほど重要な情報をあえて平然と開示するヒヨクに、会場中のファンもただ試合を楽しんでいた観客たちも興味津々だった。おもしろがる声もあれば、大胆さに魅せられる者もいたし、それがヒヨクへの期待に変わる人間さえいた。つまり、ヒヨクは会場を味方につけたのである。
ヒヨクはクロノの言葉が切れると、改めてサツキに向き直って答えた。
「この魔法、《中つ大地》は戦闘用に創造したものじゃないんだ。ただ星の話を知って、引力とはなにかを知って、小さな星を自分が創れたらおもしろそうだと思っただけだよ」
「あんな応用を思いつくのはすごいと思う。あとでいろいろ話したいよ」
「うん、ぜひそうしようよ! 友だちになれたらうれしい」
「もちろん」
「でも、今は真剣勝負の最中だ。当然、まだ戦えるよね?」
「勝ちに来たのだ。やれるさ」
「じゃあ、おいで。続けようか」
サツキとヒヨクのバトルが再開して、二人は互いに自分の得意とする武術を使っていく。
ミナトとツキヒは刀同士の勝負を続けており、サツキはそちらにも気を配っている。ヒヨクもツキヒを気にしており、反対にミナトとツキヒは目の前の相手に集中していた。
――ヒヨクくんは、視線誘導以外にもツキヒくんをただ気にする素振りがある。やはりミナト相手だと不安か? それとも、連携を狙っている?
もし連携攻撃があるとすれば、それは遠距離にいる相手にも効果をもたらす魔法を持つツキヒを、ヒヨクがサポートする形になる。
つまり、ターゲットはサツキだ。
二重の警戒はずっとしながら戦っているが、サツキはそこまで考えると、ついツキヒへの意識が強くなってしまう。
そこに、きた。
ヒヨクの手がサツキに伸びて、右の袖をつかまれた。
――取られた! 解除しないと!
サツキはそれを解除するために、左手で自分の身体に触れようとする。
しかし、ヒヨクはサツキの左手は意に介さず、サツキの右手を完全に両手でつかんだ。
――やられた! そういうことか!
刹那、サツキの右手首の骨がゴキっと折れたのだった。




