139 『ミドルアース』
魔法、《中つ大地》。
その名前に、サツキは自分の推測が正しいことを確信した。
ヒヨクは名前こそ教えてくれたが、質問もした。
「でも、教えてほしいな。どうしてわかったんだい? ぼくの魔法の秘密にさ。だれにも気づかれたことなかったんだけど」
「俺の《緋色ノ魔眼》は、魔力が見える。魔力を可視化できるんだ。それで、ミナト相手に手の中でこっそり球体状の魔力を仕込ませたことに気づいた」
「なるほど。やっぱり、手の中にあっても気づくのか。でも、足は?」
「足は、最初気づけなかった。この前の試合でも、俺はヒヨクくんが《空中散歩》を使おうとしたとき、足元に魔力が集まったことしかわからなかった。でもそれは、視線誘導をされていたからだったんだ」
「うん。続けて」
「キミは、ツキヒくんとのコンビプレーで、相手の注意をうまく引いていた。もちろん、投げ飛ばされるときは、視線誘導などなくても態勢のせいで足元は見えない。当然、今日も視線誘導があった」
「それでも見えたんだね」
「うむ。気をつけて、見逃さなかった。すると、《空中散歩》を発動しているとき、足元には同じように球体状の魔力があった。キミはその上に乗っていた」
拳ほどの大きさの魔力球体を、ヒヨクは足場にしていたのだ。その魔力球体がヒヨクの歩行に合わせて、足裏にはあった。
「この魔力球体が、ミナト相手に使った磁力的な能力と《空中散歩》の共通原理だとすれば……。そう考えて、可能性を絞ったとき、魔力球体は小さな星だという結論に行き着いた。引力を持つ小さな魔力星とでも言えばいいだろうか」
「魔力星か」
「ただ乗れる球体でもなく、乗る向きも変えることができ、他者を引き寄せる性質を持つ。そんな条件に合致するのは、星だ。小さくとも、星には引力があるからだ。つまり……ヒヨクくん、キミの魔法《中つ大地》は、魔力球体を創るものだと推定される」
ヒヨクは爽やかな笑顔でうなずいた。余裕ある所作で拍手を送ってくれる。
「お見事。その通りだよ、サツキくん」
自分の魔法が暴かれることには、なんの懸念もないらしい。むしろ、ただ空中を歩けるだけだと思われるのがつまらないとでも言いたげな顔だ。
「みなさん、聞いたでしょうか! サツキ選手が華麗な推理で教えてくれました! ヒヨク選手の《空中散歩》は、実は《中つ大地》という魔法を利用した技であり、《中つ大地》とはつまーり! 星のような魔力球体を創るそうです! 魔力星とサツキ選手は表現しました! ちょっとロマンチックでステキだぞ、ヒヨク選手ー!」
クロノの実況に、会場のファンたちが黄色い声をあげる。
「ヒヨクくんロマンチックー! 可愛いー!」
「物知りで知的でそんなステキな魔法まで使えるなんて最強じゃん! さっすがヒヨクくんっ!」
「オレも《空中散歩》にはなにかあると前から思ってたんだ!」
という声もある。
「そういうことですよね? サツキ選手」
クロノに聞かれて、サツキは答えた。
「はい。ただし、魔力星は、魔力でできた小さな星であるため、魔力を可視化できる俺以外には見えません。それゆえに、だれもその秘密に気づけなかったが、『ヒヨクくんの魔法が前回と同じ魔法であること』と『《空中散歩》が技の一つであること』がヒントになりました」
「なるほどなるほど! つまり、《空中散歩》はその魔力星《中つ大地》の上に立つことで、あたかも空中に浮いているように見せていたのだー! ということですね?」
「そうです。星に立つ身体の向きも、地球上に立つ人たちがそれぞれ違う方向に立つように」
「確かに、世界中どこの国にいても、地球の中心から宇宙へと伸びるような向きで立つことができますよね!」
「星にとって、上も下もなく、ただ中心へと物体を引き寄せる。だから、ヒヨクくんは地球よりも《中つ大地》の引力の影響を強く受けたせいで、どの向きでも足場とすることができるんです」
サツキがクロノに説明すると、星の性質をわからない観客たちにはいまいちピンとこない反応をされるが、ヒヨクはうれしそうだった。
「キミとは、もっといろんな話がしたいよ。いろんなことを聞いてみたい。ぼくの知らないことも知っていそうだからね」
「だが、今は試合中だ。ミナトもツキヒくんと戦っているのに、俺たちばかりおしゃべりもできない」
「そうだね。やろうか」
ヒヨクは両手を胸の高さに上げて構えを取り、戦闘態勢に入った。




