138 『フレッシュコンフィデント』
サツキとヒヨクの戦いの中で、意外な事実が判明した。
それは、ヒヨクが地動説を支持していることである。
科学の進歩がサツキの世界よりも遅いこの魔法世界でも、地動説が正しいものと思われる。
ヒナの父・浮橋教授が地動説を唱え、サツキはヒナや玄内と共にそれが正しいことを研究によって導き出した。
しかし、地動説はまだ広く理解されていないし、浮橋教授が宗教裁判にかけられているように、引力など天体に関連した知識も世間一般には浸透しておらず未熟だ。
そんな中、ヒヨクは浮橋教授の論文も読んだことがあったしミゲルニア王国の学者の論文から引力の存在まで知っていた。
このことについて、なにより驚いたのはヒナだった。
「あいつ、思ったよりいいやつじゃない」
父である浮橋教授が唱えた地動説を支持してくれる上、ちゃんと知識も持っている。
「爽やかで顔も良くて人気者で誰にでも分け隔てのないいけ好かないやつかと思ってたけど、勉強家であんなおもしろい魔法まで創造して。サツキの友だちになっても文句ないわね」
そんなヒナを、チナミがジト目で見る。
「最初から最後まで良いところしかないのに、なんでいけ好かない印象があったんですか」
「それと、サツキがだれと友だちになろうとあなたに文句を言う筋合いはないわ」
とルカもつっこむ。
割と、同性に対しては相手に欠点がなければないほど気に入らないという人もいるが、異性のヒヨクに対するヒナの感情はそうした嫉妬心ではない。同じ晴和人なのにイストリア王国でこうも人気があるのがおもしろくなかったというのが本音だろう。人類の科学の進歩を考え正直に地動説を唱えた父が宗教裁判にまでかけられたのに比べれば大きな違いである。
それがわかっているからリラはあえてなにも言わないが、クコは、
「ヒヨクさんはきっとサツキ様のよい友人になってくれるでしょうね。今も科学のお話をしたいと思っているはずです」
とうれしそうだった。サツキに対して姉心と母性が強いクコだから、サツキに友人ができることを思うと素直に喜ばしいのである。
リラも楚々と微笑み、
「そうですね。しかし、ヒヨクさんはこんな大勢の前で地動説を支持していると発言して平気なのでしょうか」
と悩み顔になる。
誰に向けられたでもないリラの問いに、ルカが冷静に答える。
「聞く人によっては、地動説は科学の話ではなく宗教への批判、あるいは冒涜と受け取ってしまう。恨みを持たれることだってあるわ。地動説証明に名乗りを上げている私たちが言えた義理ではないけれど、あまり賢いやり方ではないわね」
「裁判で、勝てたらいいけど……」
ナズナがつぶやく。
これにヒナが胸をそらして、
「いいのよ、言ってもらえたほうが。こういう人気者が打算なく自分の意見として地動説を支持するってなれば、そのファンも味方につけることになるわ。多くの市民が地動説に理があるらしいって思っている中、理屈をひっくり返して地動説を否定したら、天動説側の立場がますます悪くなる。追い風を吹かせてくれたのよ」
「なんだ、やっぱりいいやつじゃねえか! なはは」
とバンジョーが嬉々と笑った。
ブリュノが大仰に腕を広げて、
「そういうことなら、ボクも地動説を支持しよう。ほかならぬ、サツキくんのためになるならね」
「確かにブリュノさんも負けず劣らずファンがいるコロッセオの人気者だけど、理解もしないで支持するのもどうかと思うな……」
あはは、とシンジはひとりごち苦笑した。
異名『ジェントルフェンサー』のブリュノには、麗しいルックスからファンも多い。だが、彼が地動説を支持するにも問題がある。
「それに、ブリュノさんが裁判までに試合に出たとして……つまり明日の試合に出場して、なんの脈絡もなく地動説を支持するって言ったら、不思議がられるんじゃないかな……?」
と、アシュリーがやや困惑したようにつぶやく。
「まあいいじゃない。それより、試合は続いてる。サツキくんの話、聞きたいところだわ」
「そうだね、マドレーヌちゃん。アタシも興味ある」
マドレーヌとバージニーがそう言うと、クロノの実況が先をうながした。
「ついに露わになった、ヒヨク選手の魔法名! その名も《中つ大地》! サツキ選手の言葉だけじゃまだどんな魔法なのかわからないところだ! 探りを入れたら予想外に切り返されたわけですからね! さあ、サツキ選手がなにに気づき、どう推理したのか! ヒヨク選手の《中つ大地》はどんな魔法なのか! 教えてくれー!」
そして、リディオとラファエルがささやき合う。
「ロメオ兄ちゃんとレオーネ兄ちゃんもあの二人の試合は見たことなかったから今までわからなかったけど、この試合で情報は集まりそうだな」
「だね。サツキさんたちなら全部引き出してくれるだろうし、おもしろいデータも取れそうだ」




