136 『マグネティックボール』
「そっちこそ、前回までの俺たちと思わないほうがいい」
サツキはそう言って、思考を巡らせる。
――ヒヨクくんは、ヒントを与えてくれた。
さっきミナトとの戦いの中で見せた魔法について、サツキが考えるべき可能性を絞ってくれたのだ。
――当初、俺はヒヨクくんがミナトを引きつけた魔法を、磁石みたいな性質を持つ魔法か、あるいは以前に見せた魔法《空中散歩》の応用技のどちらかだと考えた。
前者なら、ヒヨクは《空中散歩》とはまったく別のもう一つの魔法を所有していることになる。
後者なら、《空中散歩》にも磁石みたいな性質を持たせるような使い方ができることになる。
――もしどちらかわからなければ、俺はヒヨクくんを二つ以上の魔法を扱うものと想定して戦ったことだろう。そこに不都合はないはずだった。より警戒して二つ以上の魔法に対応できるようにすればいいからだ。それに、磁石みたいな性質だと考えて動けばいいだけ。ほかにできることの可能性も見出せない今、それ以上は無駄な思考になる。
だが、後者だとわかった現状、サツキの考えるべきことは増えるばかりとなる。
なぜなら、中途半端に知っていることがあるために、魔法の分析が可能となるからだ。
――ヒヨクくんは、さっきのあれを《空中散歩》と同じ魔法だと言った。つまり、《空中散歩》は空中を歩けるだけの魔法じゃないってことになる。
知っていることと言えば、空中を歩ける以外には、空中に足場を創れるということくらいだろうか。
――むしろ、磁石のようにほかの人や物を引き寄せる性質によって成り立つ魔法なのだ。したがって、ヒヨクくんの魔法は「磁石的な原理によって《空中散歩》という技を可能にしているに過ぎない」と言い換えられる。
彼の魔法の本質を見抜く目が求められる。
でないと、その魔法一つでサツキはいいように操られ、ヒヨクとツキヒのコンボによって心臓を止められて意識を失い、気づけば敗北していることだろう。
――どれだけの距離で磁石的性質を発動できるのか。どれくらい強い力で引っ張られるのか。それ次第ではかなり厳しい。だが、それがわかれば対抗策を見つけられる。
サツキはヒヨクを指差し、宣言する。
「キミの魔法。全部、露わにしてみせる」
「そうこなくちゃね」
爽やかに微笑むヒヨク。
これに、観客たちも歓声を上げて、『司会者』クロノが言った。
「出ました! サツキ選手、ここでヒヨク選手の魔法をすべて露わにすると宣言しました! ワタシも前の試合で、ヒヨク選手の魔法に《空中散歩》以外の効果があるように見えましたが、まだ正体がわかっておりません! さあ、サツキ選手はそれを暴いてくれるのでしょうか! どこまでも爽やかにかっこいい笑顔を見せるヒヨク選手には余裕さえ感じられます! ミナト選手とツキヒ選手の戦いも剣が乱れ、白熱していますが、サツキ選手の洞察力にも期待されます!」
クロノの言葉が終わると、ヒヨクは人差し指を立て、くいくいとサツキを挑発した。
「おいでよ。まずは味わってみないとね」
「じゃあ、遠慮なく」
タッとサツキが駆け出して、ヒヨクに迫る。
柔道の投げ技を避けるには、まずつかまれないことが大事だ。
つかもうとするヒヨクの手に注意を払い、サツキ得意の打撃をヒットさせる必要がある。
当然、ヒヨクの手にはいつ磁石的性質の魔法が発現されるかわからないので、サツキはヒヨクの手の微細な魔力変化にも観察を怠ってはならない。
蹴りを低い軌道で繰り出し、突きと手刀を素早く放つ。
ヒヨクの手が手刀のほうを狙って袖を取りに来るが、引っ込めて逆の手で上段に払う。
さらにまたサツキが拳を叩き込もうとしたとき、それは来た。
――拳が、右にズレる……!
右手の拳が右にズレて、ヒヨクの左手側に引き寄せられていく。この瞬間のヒヨクの左手の中には、魔力が見えた。
――丸い。やはり球状! 人や物を引き寄せる球体を創れるんだ!
この影響を受けないために、今自分にできるのは抵抗することだけ。グローブで魔法効果を解除できるのは、付与されたあとだからだ。
サツキは右の拳を可能な限り引っ込めて、代わりにグローブをはめた左手をヒヨクに向ける。
――ヒヨクくん自身に《打ち消す手套》で触れれば、魔法を使わせないで戦える。柔術使いのヒヨクくんにこっちからただ手を伸ばすのはリスクだが、これしかカバーする方法はない。
そう思ったところで、ヒヨクの左手の中にあった魔力球体が消えた。
――消え……。
同時に、サツキの《緋色ノ魔眼》は見た。
ヒヨクの足元にも、魔力があることを。
しかもその魔力は、やはり球状になっている。
――やっぱり球体状だ! 《空中散歩》は、魔力球体の上に立つ魔法なのか!




