１２５ 『グリップキャンセレーション』
クルメンティスがロメオの目の前に立ち、拳を握った。
「ナイフとかも持ってんだけどさ、殺したら失格だから、殺さないでやるよ。思い切りぶちのめすことにするぜ」
と、クルメンティスは構える。
「うおおおららららららら！ ららららら！」
連続でロメオを殴り続ける。
「ものすごい連続攻撃だー！ 殴る！ 殴る！ 殴り続けるー！ クルメンティス選手、容赦なく殴り続けているー！」
しかし、ロメオはまだ倒れない。
小柄で細身なクルメンティスはあまりパワーがないようで、ロメオはあまりダメージを受けている様子がない。
「強がってんじゃねえぞ！ らああ！」
ついに、クルメンティスは拳でロメオの顔を殴ろうとした。
右の拳がロメオの頬に入る。
続いて、左の拳がロメオのあごを打ち上げようとした。
そのとき……。
――あ、あれ……？
クルメンティスは、目を大きく見開いた。
動けるはずのないロメオが、ほんのわずかだけ、動いたように見えた。手足が出たわけでもない。ただ、ブレるように、位置がずれた感じがするのだ。
――動いてない、よな？
次の瞬間、クルメンティスは叫んだ。
「痛ェー！ あああああああ！ ぼくの手があああ！」
なにが起こったのか、『司会者』クロノはよく見えていた。
「ロメオ選手が動いたー！ 顔面に入るかに思われたクルメンティス選手の拳に、頭突きを食らわせました！ クルメンティス選手は拳の痛みに耐えかねて膝をつき、叫んでいます！ し、しかし、ロメオ選手はどうして動けたのでしょうか！？」
そのロメオ本人は、身体の前で左右の拳同士をぶつける動きをした。
「《打ち消す拳》。魔法、解除」
まだ痛みで喚いているクルメンティスのそばまでロメオが歩いて行く。
すると、クルメンティスはロメオの影に自分が入ったことで、だれかがいることに気づく。
「え？」
呆けた顔で、クルメンティスはロメオを見上げた。
ロメオは落ち着き払った顔のまま、面食らっているクルメンティスに言った。
「ワタシが動けたことがそんなに不思議ですか？」
「え、だって……」
「関節が固まってまったく動けないとしたら、なぜ殴られた衝撃で後ろに倒れなかったのか。それさえ疑問に思わなかったようですね」
「確かに、そうだ。ど、どうやってぼくの攻撃を耐えたというんだ！」
「足首で踏ん張ったからですよ」
これについて、クロノが思ったことをそのまま口にした。
「足首は固定されていなかったのだー！ しかし、それを術者のクルメンティス選手自身が気づかないとはどうしたことだ！？ もしかして、魔法を使って戦ったことがなかったのか！？」
一度でも戦ったことがあれば、殴ったら相手がどうなるのか、予想がつくというものだ。
クルメンティスがなにも言えないでいると、ロメオが説明の続きをした。
「ワタシは、魔力反応に関しては感度が良いと自負しています。それによると、ワタシの身体にまとわりついた魔力から、包帯は一本のつながったものであることがわかりました」
「なんだと！？ な、なんで感覚だけで断言できるんだ！ 当てずっぽうじゃないだろうな？」
と、クルメンティスは動揺しながらも強気に言い返す。
「右腕を動かそうとしたとき、身体のほかの部分まで引っ張られる感覚があったことも、この予測が正しいという裏付けになりました。つまり、包帯は各所バラバラに巻かれているのではなく、長い一本になっている」
「で、でもそれだけじゃあ解除する方法までわかるはずが……」
否定しないクルメンティスに、ロメオが言葉を続けた。
「そして、《バンテージ・ポイント》による固定は、絶対的ではないが極めて強い力による拘束だと考えられる。これに力づくで対抗しようとしたとき、あなたの左手の拳が強く握られていたからです」
「それがどうしたってんだよ」
「試合中、あなたがずっと左手の拳を握っていたことが気になっていました。しかも、ワタシが《バンテージ・ポイント》に力で抗おうとしたときのみ、拳の握りが強くなった。そこから導き出されることは――見えざる一本の包帯は、あなたの左手によって握られている！」
「そんなとこまで見てたのかこいつはー！」
ロメオはズバリ言った。
「したがって、あなたがその左手を開いた瞬間、ワタシの固定は解除された。左手に頭突きをしたのはそのためです」
