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5 『ハヴェルは蟻地獄を展開する』

「オレはアルブレア王国騎士、『地獄の住人(オーガ)楊栓破部流(ヤンセン・ハヴェル)。その首、いただこうか」


 ハヴェルは二十代半ば、背は一七二センチと低めで、やや大きめの剣を背中に差している。

 サツキの進行方向からぬっと姿を見せた騎士ハヴェルだったから、サツキも引き返して逃げなければならない。


 ――引き返すか。……いや、あえて。


 飛びかかるように剣を振りかぶるハヴェル。

 そんな敵を相手に、サツキはまず、ハットを上空に投げた。


「あ?」


 一瞬、ハヴェルの視線がそちらへ動く。このわずかな隙に、サツキはハヴェルの股ぐらへとすべり込んだ。

 斬りかかるハヴェルは勢いそのまま通り過ぎ、サツキは帽子をキャッチすると同時に立ち上がりダッシュした。

 ハヴェルは振り返って追いかける。


「待ていっ!」


 サツキは角を曲がって、さらに曲がった。


 ――相手の魔法はなんだ? それだけは気をつけないと。


 思考しながら駆けるサツキに、後ろから声と小石が飛んでくる。

 ハヴェルが河原で水切りするみたいに小石を投げたのである。


「くらえ! 《(すな)()(もん)》!」


 小石が来たのがわかるが、サツキにはぶつかりそうにない。

 だからサツキは走り続けた。


 ――波紋ということは、なにか広がりを持って、俺にも波及する可能性がある。でも、直接的じゃない。なら走る。


 後ろからは、


「ちっ」


 と舌打ちが聞こえた。

 これに、サツキは自身の判断の正しさをみた。

 しかし、右後方へ向けたサツキの瞳には、通行人の青年が映った。青年は、足元がじわっと溶けるように、身体が沈み始めた。


「砂……?」


 青年は叫び始めた。


「うわああ! 足が埋まってくよぉ!」


 サツキが完全に顔を振り返らせると、ハヴェルはニヤリとして言った。


「オレの魔法は《蟻地獄デザート・インフェルノ》! さっきの《砂ノ波紋》を起こすと、地面に波紋が広がる。半径は三メートル。そのとき、波紋の範囲内にいた人間を対象に、《蟻地獄デザート・インフェルノ》は発動する」

「……」

「こいつをくらったら、対象者の足場が砂のように崩れるんだ。この魔法のみそは、対象が場所じゃなく人である点だ。地面に接地する時間が一秒以内なら効果を受けないが、一秒経ったあとは徐々に足場が崩れていく。一秒ごとに足場を変えないと、最終的には身体が地面に埋まるってわけさ。ああいうふうにな」

「た、助けてぇ」


 埋まっていく青年が近くの屋台のイスに捕まった。それに気づいた店主が引き揚げて、なんとか助かったようだった。

 あんなのをくらったら、走り続けなければならない。なんとしても避けたかった。


「ちなみに、蟻地獄から抜け出すには第三者の救出が必要になる。運良く助けてくれる人間がいれば、解除されるって仕組みさ。一度くらえば三択。①解除してくれる人が現れるのを待つ、②自分の身体が砂に埋まる、③永遠に足を止められない。そのどれかだ。くらえ、《砂ノ波紋》!」


 また小石が飛んでくる。

 サツキは、小石が地面に接地しかけた瞬間には、飛んでいた。壁を蹴って、アクロバットに身体をひねり、ハットを投げる。


「膨らめ!」


 それは、《()(どう)(ぼう)()()(ざくら)》の効果の一つ《(ぼう)》。

 投げたハットの上に飛び乗り、それを足場にさらに飛ぶ。

『膨らむ』効果によって、衝撃を跳ねる返すがごとく、バネの役割をして飛ばせてくれたのである。

 小石が地面にぶつかって波紋が広がり終えるが、サツキはそれに触れることなく宙をゆく。

 そして、『傍ら』の《(ぼう)》によってハットが手元に戻ってくる。

 また着地して走る。


「くっそう! もう一度だ!」


 また小石を投げるハヴェル。

 サツキは周囲に視線を切り、一瞬で判断する。


 ――行け!


 生け垣に飛び込み、どこかの料亭の中庭に出た。ハヴェルもそれを追ってくる。


「そうきたか! 待ちやがれ!」


 綺麗な(かがり)(どう)(ろう)の脇に転がり出た。

 縁側の奥には障子も開かれた部屋が見える。

 料亭にいた人々は驚いていた。三味線奏者は弾く手を止めて眺めており、二階席からはおかっぱ頭の少女が何事かと興味津々に見下ろしていた。


「あら? あなたは……」

「なにか、事件ですか?」

「すみません。お騒がせしました」


 目の前の座敷席の人たちに謝罪しながら、サツキがまた生け垣を突き抜けて行く。ハヴェルも遅れて料亭の庭に顔を出し、舌打ちだけ残してまた追いかけた。

 再び、三味線の音が弾けるように鳴り出した。

 また通りに戻り、サツキは昼間も歌劇団のチラシを配っていた人から、チラシを十枚以上ひったくるようにもらった。


「ちょっといただきます」

「ど、どうぞ」


 呆然とサツキを見送るチラシ配り。

 サツキは、バサッとチラシをばらまいて、目くらましにする。


「これで決めてやる! 砂の――」


 走りながら追いかけてくるのはハヴェルだけだったから効果的だった。

 宙を舞うチラシがハヴェルの邪魔をして、ハヴェルは目に入らないように腕で顔を覆い「うおぅ」とうめく。

 目を閉じながらチラシのカーテンをくぐり抜けて、ハヴェルが顔を上げると。


「……くっ! いねえ! ちくしょぉぉぉぉ!」


 すでに路地裏に入り込んでいたサツキは、少しでも距離を稼ぐために走った。


 ――走れ。走れ。逃げろ。


 どう走ったのか、自分でもわからなくなったとき、騎士を振り切ったことを確信して、足を止めた。

 はあ、はあ、と乱れた呼吸からも、緊張による硬さが取れてきた気がした。


 ――そうだ。通りに出よう。また人ゴミに紛れて……。


 通りに出ようとした足が、ピタッと止まる。

 呼吸も止まった。


 ――……。


 ゆっくりと、足を地面に下ろす。


 ――こっちにもいるのか。しかも、あれは『リンクス』フンベルト。《(とう)()フィルター》を使う騎士。油断したらすぐ見つかる。まずい。迂闊には出られないぞ。


 フンベルトをやり過ごし、そっと通りに顔を覗かせるが、騎士の姿はない。


 ――今は、いない。そう思っても、こっそり一般人に混じってるかもしれない。


 ふぅ、と息を長く吐き、サツキは通りに背を向けた。


 ――もう少しだけ歩こう。


 路地裏をまた少し歩き、細い通りに出る。

 人通りはあまりない。

 しかし、念のために帽子で視線を隠す。

 帽子の下から橋が見える。そちらへ進み、川の向こうへ行くことにした。

 橋の上で、向こう側から歩いてくる人影がいた。

 サツキは帽子で視線を隠しているが、チラと見えたのは同じ年頃の少年だった。袖にだんだら模様が入った白い羽織、黒い袴、腰には刀が差してあって、絹のようになめらかで長い髪は後ろで一つに束ねられている。顔にはぺんぎんのお面がついていた。

 昼間決闘をしたジンゴロウ同様、少年にも影がない。

 不思議にも思ったが、声をかけることもしない。

 少年とすれ違い、橋を渡って、通りを歩いた。

 人の姿もまばらだったので、他者の視線を避けるため、また裏路地に入る。

 五分くらいは経ったろうか。足音が近くにないこともわかったし、周囲を見回して、さっとゴミ箱と柱の間に身を隠した。路地が細い上に、それを塞ぐゴミ箱もあり、恰好の隠れみのになった。


 ――ここなら、隠れられる……。少しだけ、休もう。


 身をひそめて呼吸を整える。

 だがまずは、左腕の止血をすべきである。

 そちらに一度でも意識を向けると、さっきまでは感じなかった痛みが走った。止血方法など知らないサツキが、ポケットからハンカチでも取り出そうとすると……。


「物騒なものですね」


 声がした。

 顔を上げると、前の家の勝手口のドアが開いており、そこから少女の顔がのぞいていた。

 逆光。

 今のサツキには明るすぎて、逆光の顔がよく見えない。

 だが、ほんの数秒で慣れる。

 不思議と逆光による陰影が感じられなかったからだろうか、少女の顔が徐々に見えてきた。

 色素の薄い肌と髪。目つきは涼やかである。唇は桜の花びらがちょんと乗ったように小さい。整った顔立ちではあるが、表情はカタい。背は一三〇センチちょっとしかないのではないだろうか、波を描いた浮世絵柄の浴衣姿である。そして、奇妙なことに、ポニーテールの頭の左側には、さっきの少年がつけていたものと同じぺんぎんのお面があった。


「なにをしてますか? 早くこちらへ」

【ハヴェル】

挿絵(By みてみん)


プロフィールは活動報告をご参照ください。

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