112 『ボイスコンバート』
元々が声の大きいクロノだから、周囲の人たちがこちらを向いた。慌ててクロノは顔を隠して、リディオに聞いた。
「ロメオさんに聞いてくれるかい? リディオくん」
「いいぞ! 待っててくれ」
リディオが西へ顔を向ける。しゃべっているみたいに口を動かすが、声は出ない。話を聞いているように口を閉じて、また口を動かす。
ヒナはそれを見て、カチューシャになっているうさぎ耳をピクリとさせる。
――やっぱり完全に声が出ていない。あたしの魔法《兎ノ耳》は常人の百倍は小さな音も拾える。なのに聞こえてこないのは、声が別のなにかに変換されているから。その変換されたものを相手に届け、再変換されて、また声として相手が認識する。
これがリディオが魔法で相手としゃべる手順になるはずだ。
――つまり、もっと言えば、リディオの魔法は声をなにかに変換できるもので、変換されたそれは離れた場所に飛ばすことができる。それってなんなの?
それから、リディオはクロノに言った。
「事情説明したらいいってよ!」
「ありがとう! 助かるよ、ロメオさんによろしくね! 対戦相手はその場で客席から希望者を募ることになると思うから」
「おう!」
「じゃあ、ワタシはちょっと裏に下がるよ。またね」
コソコソとクロノが周囲を気にしながら去っていく。
それを見て、観客たちは口々に言った。
「クロノさんって優しいよな、いつもなにかあると選手たちの心配してさ」
「マメっていうか、なんていうか」
「まあ、クロノさんは変にコソコソするときあるけどいい人だよ」
「あれは自分も人気があると思って、人に囲まれるって勘違いしてるだけだぜ」
「……ああ、なるほど。みんなあの人のことは好きだけど、ロメオさんやレオーネさんみたいな人気者とは種類が違うよな」
こうした声は、耳のいいヒナには拾えていた。いろいろと言いたい放題に言われているクロノを、ヒナはジト目で見送る。
「散々な言われようね。親しまれてはいるみたいだけど」
「クロノさんは人気者だからな!」
にこやかなリディオに、ヒナはぼそりとつっこむ。
「あんたみたいのがいるから本人も勘違いすんのよ」
「ん? なんだって?」
「なんでもないわよ。とりあえず、ファウスティーノって闇医者に報告しておいたら?」
「おう、そうだったな。こっちか」
リディオはまた顔の向き変える。
――連絡を取る相手のいる方向がわかるの? さっきも顔を西に向けてロメオさんと連絡を取り合った。……いや、もしかしたら、場所まで探知できるとか? だったら、相手のなにかを探知できる力もあって、それが声の変換に関わっているとか?
ヒナはリディオの魔法について考えていた。
――いくら士衛組と『ASTRA』が同盟関係にあっても、魔法のことを他人に聞くのはNG。避けたいわ。
この魔法世界では、個人情報の中で一番大事なものが魔法なのである。魔法を知られることで危険な目に遭うこともあるからだ。
リディオは士衛組を仲間とも思って信頼しているし、聞けば教えてくれるかもしれない。しかし、ヒナ自身は教えてもらえるほどの信頼があるとは思っていない。
それに、この場には士衛組ではないシンジやアシュリーたちもいるから、ここではどのみち教えてもらえないのは同じだった。
――でも、知りたい。『科学の申し子』として、興味があるのよね。それ以上に、リディオの魔法は士衛組がアルブレア王国で最終決戦をする際、絶対に役立つ。
情報の重要性は玄内とサツキがよくわかっている。だからこそ、ヒナは玄内と通信装置まで創った。
それはクコの魔法《精神感応》を元に創られた。クコはこの魔法を使えば手をつなぐことで声を出さずに会話できる。魔法道具として創った装置は、クコからの声を離れていても受信できるし、こちらからも返事をすることができる。
――前に先生とあたしで創った通信装置を、リディオの魔法原理がわかれば、先生なら改良できるかもしれないわ。……それくらいは、最後にあたしもやってあげたい。だって、もし裁判で負けたら、士衛組から抜けるつもりだしね。そうしたらあたしのできる最後の仕事になるもん。
地動説証明の裁判には、士衛組が関わっている。
それは知られているが、もし負けたら……ヒナが士衛組を抜けて、一部研究を手伝ってくれただけだと周囲に喧伝することで、士衛組に迷惑をかけないようにするつもりでいた。そのときは、ヒナはアルブレア王国で起こるであろう最終決戦に参加できない。
だから、ヒナが士衛組にしてやれる最後の仕事になるかもしれないというわけだった。
――そういうことだからリディオ。あんたの魔法、暴かせてもらうわよ。この『科学の申し子』浮橋陽奈がね。




