109 『スケルトンシルエット』
コロッセオがお昼の休憩に入った頃、ヒヨクがツキヒに聞いた。
「さて。ミナトくんは大丈夫だとして、サツキくんはかなりの大怪我をした。決勝では、出てくると思う?」
「くるでしょ~」
ツキヒはゆるく答えた。
「ボクたちはお世話になったことないけど、コロッセオには得意先の闇医者がいるって話だしね。その人、『神ノ手』なら治せるかも。ただ、この短い時間でどこまで回復できるだろう」
「完全復活してくるつもりで備えておかないとだよ、ヒヨク」
「まあ、そうだよね。ボクとしても、サツキくんには全力で来てほしいし」
「そしたら今度は、オレたちも本気出せるね~」
「ああ」
ヒヨクは力強くうなずいた。
ミナトは肌に触れる空気が少しひんやりしたのを感じた。
目を開けると、そこは少し薄暗い部屋だった。
「もう着きましたか」
「なんだか、変な感じね。今の」
言われた通り目を閉じていたが、それでもルカは少しだけ次元酔いをした気がする。一瞬だけ頭がぐわんとしたのだ。
しかしミナトは平気だった。普段から《瞬間移動》で次元を超える感覚に慣れていたからである。
部屋の広さは結構なものだと思う。だが、中には病院らしいものはない。ただ無機質なばかりで、壁には細長い引き出しがずらっと並び、それらは三段に重なっている。
だだっ広い部屋の真ん中には、大きなテーブルが三つあった。
ルーチェはミナトとルカに言った。
「はい。到着しましたよ」
「ありがとうございます。おもしろい感覚ですねえ」
「いえいえ。とんでもございません」
謙遜するルーチェに、ミナトは笑顔を返す。
――へえ。こんなふうにワープできるのかァ。僕の《瞬間移動》は、僕が距離感を把握している範囲でないと正確な移動ができない。だからこんな遠くには無理だ。
どんな魔法も一長一短である。
近距離なら細かい調整までしてワープできるミナトに対して、ルーチェは大雑把に遠くまでワープできる。
ミナトは自身の驚異的な空間把握能力から、目に見えるある程度の範囲の距離感を正確に把握し、その範囲の中で《瞬間移動》をする。その際、障害物は超えられないので、《瞬間移動》を繰り返して回り込む必要がある。
一方ルーチェだが、《出没自在》は特定のポイントに移動する。訪れたことのある街がポイントとして登録され、街へのワープはその街の中でランダムな位置に降り立つ。また、人を含めた登録地点を五つまで設定でき、この五つはその都度入れ替え可能である。さらに、玄内が改良したおかげで五つとは別にヴァレン、レオーネ、リラの隣にはワープできるようになった。
二人は似たような魔法を持ちながら、それらはまるで異なる使い方をされるのである。
――つまり、僕は戦闘向き、ルーチェさんは非戦闘向きと言える。僕の《瞬間移動》に活かせることがあればいいけど、種類が違うなァ。
ある種、クコの通信とリディオの通信がまるで異なるみたいに本質が別のところにあるのだ。
ミナトがそんなことを考えている間、ルカはここがどこなのか考えていた。
――ここはなんのための部屋? 治療室ではなさそうね。
ルカがルーチェに言った。
「早くサツキの治療をお願いできませんか」
「そうでしたね。ファウスティーノ様は……」
ルーチェが部屋を見回すと、三人のすぐ後ろにいた。
例の細長い引き出しをいじっていたらしい。
「お疲れ様です、ファウスティーノ様。ただいまサツキ様をお連れ致しました」
「そうか」
『神ノ手』ファウスティーノ。
背の高い青年である。一八〇センチより高いくらいで、身体は針金のように細い。少し薄暗い部屋だからか、真っ白な白衣がよく目立つ。ただ、暗い中に浮かぶ細く白いシルエットは、骨がそのまま動いているみたいだ。
年はレオーネとロメオより四つ上の二十五歳。あまり陽の光を浴びないような青白い顔に、メガネをかけている。切れ長の瞳の下にはクマもできていて、不健康そうだった。医者として他人を診るより自分の健康を気遣ったほうがよさそうな感じである。
ファウスティーノはミナトとルカを見る。
「いらっしゃい」
「初めまして。誘神湊です」
「宝来瑠香です。サツキのこと、よろしくお願います」
「ああ。私が照座理這捨乃だ。事情は聞いている。さっそくだが、城那皐を見せてもらおう」
「はい」
ファウスティーノは三つあるテーブルのうちの一つ、真ん中のテーブルの前に歩いていく。
「そこに、城那皐を置くのだ」




