94 『クリアブレイン』
カーメロはミナトとの戦いに神経を研ぎ澄ませつつ、距離あるサツキにも注意を払っていた。
――なんだか、頭がスッキリしてる。スコットさんがやられたことで、ボクがボク自身の戦いに集中できているんだ。
だからかミナトの攻撃もよく見える。
あれだけ速くて目も追いつけないと思っていた剣が、よく見えるようになっている。
――誘神湊、コイツは紛れもなく天才だ。驚くべき剣の才能の持ち主であり、戦闘において恐ろしいほどの感覚の良さがある。だが、城那皐、ヤツは思った以上によくやったが、もう終わりだ。ここからの戦いに、手出しはできない。出血量からして、あと二分でダウンといったところだろう。
顔を見れば、血の気が引いているのもわかる。
――わざわざボクに聞こえる声で「まだ戦える」と言ったのも、もう戦えないからだ。サポートもできまい。読みの良さは認めるが、もうこのスピードについてこられないはずだ。普通ならな。
むろん、サツキを普通だとはカーメロも思っていない。
――しかし、引っかかることがある。ついさっき、ミナトくんが超連撃《天多之雄走》を放ちスコットさんを倒した際に、ボクはミナトくんにナイフを投げた。しかしそのナイフは、サツキくんに阻まれた。しかもそのナイフを、彼は柄を握って止めた。
そんな止め方をあえてするのは、《スタンド・バイ・ミー》を要警戒しているからにほかならない。
――もし刀でナイフを弾き飛ばしたら、ナイフは《スタンド・バイ・ミー》によって別のナイフと位置交換し、軌道を変えられ、予想外のトラップにかかかるかもしれない。そこまで考えが及んだから、彼はナイフを握った。《打ち消す手套》が触れた瞬間に、《スタンド・バイ・ミー》の効果を打ち消せるから。
ただただ弾いてしまうことはリスクなのだ。
カーメロの戦術と実力を知っている上で、注意深く頭がよく回り、必ずミナトにスコットを討たせる意思がある。だから、サツキはナイフを握った。
――それほど慎重な行動を取れる人間が、たったの一分やそこらの攻防の間に、倒れる寸前まで気力・体力が削がれるとも思えない。
動体視力が優れていて、身体も反応できないと、そんな芸当は不可能だ。つまり、サツキにはそれだけの体力と目があることを意味する。
――彼が自ら仕掛けるのは厳しいだろうが、彼の存在を忘れてはならない。あるいは、なにかをうかがっていると考えてもよいのか? なにかを待っている可能性……いや、それはない。彼の体力は残り少なく、待つ選択を取る時間と余裕はない。彼を軽んずることなく、警戒だけ続ければいい。まずは、目の前の相手、ミナトくんを倒す。
考えがまとまると、カーメロの動きはますます鋭くなっていった。
実況のクロノも熱が入るほどだ。
「素晴らしいハルバード捌きだ、カーメロ選手! なんと鮮やかで秀麗なことでしょうか! ミナト選手の神速の攻撃を悠々といなし、複雑かつ変幻自在な動きで翻弄するー! さすがのミナト選手も攻めあぐねている! やはり『戦闘の天才』は見る者を陶酔させる華やかさです!」
観客席で見ていたシンジがごくりとつばを飲んだ。
「すごい……ここまで巧みな技、見たことない。カーメロさん、本気も本気だ。怖いくらいだよ」
「だね。麗しい技の数々に、心躍るよ。きっと、彼は次のステージに立ったんだ」
ブリュノがクールな微笑みで足を組み直す。
チナミが問うた。
「次のステージ、ですか?」
「戦闘センス抜群の彼が、さらに上の世界の扉を開けたということさ。ミナトくんとサツキくんが目覚めさせたんだ」
ミナトが押され気味な戦況だから、みんな言葉が出てこない。前のほうに行って応援しているアキとエミだけが楽しそうだった。
「ガンガンいけー! ミナトくーん!」
「押せ押せー! ミナトくーん!」
陽気な二人と同じように、二階席より上の一般の観客たちは賑やかだ。ただ、カーメロを応援する人が多い。
「おおおお! なんてうまいんだよ、カーメロ! あんたスゲーよ!」
「うまいっていうか、知的で鋭いんだ! よく計算されてる!」
「しかもパワーでもミナトに勝ってるぜ! あんなのパーフェクトじゃねえか!」
「さすが『戦闘の天才』だな!」
観客たちはカーメロのテクニックに目を奪われる。
「ミナト選手、ますます押されています! 最初は精密に捌けていたハルバードの挙動も、今はパワーで返すのもギリギリ! これはいつハルバードの手にかかってもおかしくはない! 斬る、突く、引っかける、叩く、どの選択でミナト選手に最初の傷をつけるのか! まだこの試合、たった一つの傷もないミナト選手にどんな一撃が入るのか、注目だー!」




