93 『ビーストロンガー』
サツキの目はかすんできていた。
しかし、それは普通に目を開いたとき、視界がかすんでいるということであって、《緋色ノ魔眼》では今なお魔力反応も見えるし動体視力も高まった状態だし、《透過フィルター》を応用した《全景観》で全方位が見えている。
ただし、《全景観》はあくまで頭や視線を動かさずとも全方位が見えるだけで、それは視野が確保されただけであり、距離感まで精密に把握して視認するには範囲を限定しなければならない。
問題は、出血量が増えて限界が近づき、サツキの意識がもうろうとしてきていることで、思考力が低下していることのほうだ。
――俺は目を使ってミナトのサポートをする。だが、《静桜練魔》で魔力を練って、さらに《波動》の力も蓄える。片手で中途半端なことをするより、一撃に備えるほうがいい。
魔力を練る《静桜練魔》は、普通の人にはできない魔力の圧縮のようなことをしてパワーを溜める、サツキ特有の技術だ。さらに、《波動》を重ねがけして常人には出せないエネルギーを生み出す。
その一撃を放つ隙があるかはわからないが、《緋色ノ魔眼》によるサポート以外でサツキにできるのはそのくらいしかない。
「僕のサポート、頼んだよ。サツキ」
「任せてくれ」
ミナトにもそれがわかっているから、ミナトはあえてそう言って前に進み出た。
怪我をしているとはいえカーメロはまだまだ傷の影響少なく戦える様子がある。
片腕のサツキが近づけば即座にやられてしまうだろう。
それに比べると、ミナトだけはこの戦いで傷一つ受けていない。まだ微笑さえ浮かべて、余裕そうにしている。
「サツキ選手とミナト選手は、カーメロ選手一人を相手にどう戦っていくのでしょうか! 二人に一切の油断はなさそうだ! むしろ、緊張感さえあります! 一方カーメロ選手は先程からなにやら独り言を言っていたようだが、顔を上げて、戦闘態勢に入った! 顔つきも鋭くなったか? 一人であろうと、ルーキーたちには最強の座は渡さないと言わんばかりの目だ!」
クロノの言葉に会場も盛り上がっているが、カーメロは冷たい瞳でサツキとミナトに言った。
「覚悟はいいか? ルーキーども」
「ええ。そんなもの、舞台に立った時からあるものです。いや、大会に出ると決めたときには持っているものだ」
ミナトが平然と答える。
「それを聞いて安心した。殺しはしない。が、キミたちがどうなるかはわからない。安全は保証できない。ボクはパーフェクトに勝利してみせる」
「そうこなくちゃ」
「では、始めようか」
カーメロが歩き出す。
しかし見たままの動きよりずっと速く近づいてくる。ミナトはちょっとうれしそうな顔をしながら、飛び出した。
「やりましょう」
キン、と金属音が響く。
刀とハルバードがぶつかり合い、激しい音が乱れてゆく。
観客席からの声も驚きでざわめいている。
「どんだけ速いんだ、二人共!」
「やべー! カーメロさん、なんかすげー強くなってないか?」
「それでこそ『万能の戦士』居千河召呂だ! オレたちのカーメロ!」
「カーメロさんステキー!」
「こんなぶつかり合いが見れるなんて、おれラッキーだぜ! どっちもがんばれー!」
二人の応酬を見て、サツキは息を吸って拳を握る力を強くした。
――さっきとは比べ物にならない。カーメロさんのキレが著しく増している。これまで、よほど軽い気持ちで戦っていたのかと思われるほどだ。器用に相手をいなし捌いてみせていたのと違い、今のカーメロさんは一つ一つの攻撃が次につながって致命傷を与えにきている。しかも、動きがずっと速い。
もし最初からこれを相手に戦うことになっていたら……そう思うと、サツキは身震いした。
――だが、ミナトはそのカーメロさんにも引けを取らない。楽しそうに際際の攻防を演じ、どう斬ってやろうかと目を光らせているみたいだ。
ここに自分が割って入るのは無理だとしても、サポートをすることさえ難しそうなスピード感だった。
――今、俺にできることがあるかはわからない。でも、なにかあるはずだ。カーメロさんが《スタンド・バイ・ミー》を発動するとき、その手の内を見透して教えるのが……。
そこで、サツキは冷静になる。
――カーメロさんは、雰囲気が変わってからまだ一度も、《スタンド・バイ・ミー》を使ってない……! それでこれだけミナトと渡り合ってる。俺は、この戦いに入れるのか……?




