87 『アームユーティリティー』
カーメロは斬られた左腕を押さえ、つぶやく。
「やってくれたな、誘神湊」
「いやあ、やられたのは僕らのほうですよ。サツキの腕がもってかれるなんて、僕の力不足でした」
ミナトはカーメロを見据えてそう返す。
これに対して、スコットは鎧を殴られた衝撃もまだまだ耐えられるもので、ダメージは小さいといえる。
逆に、サツキは左腕を砕かれて、急いでスコットから距離を取る。
「ごめんよ、サツキ」
「いや。俺の見立てが甘かった」
謝るミナトに、サツキは己のふがいなさを感じる。
――ミナトはよくやってくれた。スコットさんの攻撃を《空ノ刃》で軌道修正しながら、カーメロさんからの攻撃にも対応してくれていた。さらに、俺の攻撃のタイミングに合わせて剣も振ってくれた。なのに、俺はスコットさんの攻撃を見極めて、拳を繰り出すので精一杯だ。カーメロさんが手の込んだ仕掛けで邪魔してくる瞬間があることにも、気づくべきだった。
反省点が多く、どんどん血が抜けてきている頭では、思考力が追いつかなくもなっている。そんな実感があった。
――ただ、幸いなことに、痛みは感じない。左腕をこんなに派手に砕かれたのに、痛みがないのは救いだ。しかも、左腕は砕かれてしまったが、骨や皮膚だけじゃなく血管などの腕を構成するすべてが限界まで硬化されていたから、出血もないのは幸いだった。おかげでまだ、戦える。
これ以上出血箇所が増えたら危なかった。
一階の観客席では、クコたちが腕を砕かれたサツキの心配をしていた。それぞれが痛ましい顔をしていたが、ルカはラファエルとリディオをチラと見て二人の顔を観察する。
――もしかして、この子たち……。
ルカがとある可能性を考えたそのとき、舞台上でサツキは壊れ落ちた自分の左腕の有用性に気づいた。
――砕かれたのは、一度目のバトルアックス斬られた左の腕。肘より上の、上腕のあたりだ。ここが硬化されただけで、その下は形も残っている。落ちている場所は……。
サツキは鋭く言った。
「ミナト、俺の左腕を拾ってくれ」
「うん」
得意の《瞬間移動》は使わず、ミナトはカーメロからのナイフもかわしながらサツキの左腕を拾った。
カーメロは舌打ちする。
「あの邪魔な左腕を、始末したかったが……」
あの落とし物の価値に、まさかそこまで早く、サツキ本人が気づくとは思っていなかった。
――さりげなく回収しようと思っていたが、まあいい。それでもスコットさんのほうが強い……そのはずだ。
サツキの左腕を手に持ったミナトが、さっさとサツキの元に戻ってくる。
スコットとカーメロはそれぞれの場所で次の攻防を待ち構え、サツキは思考を巡らせていた。
速く激しい攻防が一旦止まり、『司会者』クロノが会場に戦況を説明していく。
「度重なるカーメロ選手による投げナイフはその都度回収され、次の妨害をしてきていたが、カーメロ選手が仕掛けた連続技に、ミナト選手はサツキ選手を守るために高速で移動して、切り裂く竜巻《空亡斬》を起こした! それによってカーメロ選手は左腕を負傷してしまいました! 《ダイ・ハード》で硬化されたカーメロ選手の腕を切り裂くとは、かなりの切れ味だっと思われます! しかし、スコット選手とサツキ選手の戦いにミナト選手は割って入れず! ミナト選手とカーメロ選手の攻防の間に、サツキ選手はスコット選手にバトルアックスで斬られて《ダイ・ハード》を付与され、左腕が硬化! その左腕もバトルアックスで破壊されてしまった! サツキ選手の拳もスコット選手の鎧を打つが、ダメージは小さい! 切り落とされたような形になった左腕の肘から先は、ミナト選手が即座に拾ったぞ! サツキ選手は出血量も増えてふらつき気味、ここからどうなっていくんだ!? みんなも見逃すなよー!」
会場は、ミナトの《空亡斬》とスコットの《ダイ・ハード》で盛り上がり、二人への応援で溢れていた。
「あのカーメロを斬っちまいやがった……!」
「なんだ今の竜巻は!? すげーぞミナト!」
「こっちまで風が来たもんな!」
「舞台上にいたカーメロが斬られたんだ、相当だぜ! あれで、もう少し近くにいたら、カーメロもズタズタだったろうな」
「ミナトくんかっこいいー!」
「出たぞ! スコットの《ダイ・ハード》!」
「よ! 破壊神!」
「だからおまえは最高なんだスコットー! 愛してるぜー!」
この試合、スコットは《ダイ・ハード》を発動させて初めて人体を破壊した。その派手さはミナトの竜巻ほどではないが、どちらも観客たちを楽しませるエンターテインメントとしては申し分ない。
サツキはミナトに言った。
「今更だが、思いついたことがある。もっと早くからやっておけばよかったんけど、今からでも遅くない」
「へえ。そうなのかい?」
「うむ。俺が倒れても、これならミナト一人で戦える」
「それは無しで。サツキも最後まで戦ってくれないと」
「むろん、そのつもりだ」
苦笑するサツキに、ミナトはにこりとうなずいた。
「うん。で、どうする?」




