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21 『そして士衛組が結成される』

 一行が寿司屋『ほたる』を出ると、さっきまでは夕方だった空が、随分と暗い危うげな藍色になっていた。通りの店の提灯にはオレンジ色の明かりが灯り、夜になろうというのに賑やかだった。


 ――王都が、別の顔になってる。


 サツキには、まるで別の場所に変わってしまったように思えるほどだった。

 クコはバンジョーに尋ねる。


「これから、どうするんですか?」

「寿司屋に弟子入りはしねーけど、そばとかうどんとか、この国にはほかにもいろんな美食がある。でも、オレは決めた。おまえらがアルブレア王国へ戻るのに付き合うぜ。馬車があるほうがなにかと便利だろ?」


 バンジョーからの申し出に、クコは目を輝かせた。サツキを見ると、うなずいてくれた。


「うれしい話だし、俺は賛成だ。ぜひ同行してほしいと思ってる」

「私も賛成。これからの旅で、料理をつくれる人がいてくれると助かるわ」


 ルカも賛成を示したが、クコが言う。


「でも、王国騎士に追われる厄介な旅です。それでもいいのですか?」


 クコの本心では、同行してくれるとありがたい。が、根のいいバンジョーに迷惑はかけたくなかった。すべてはバンジョーの意志次第、とクコがバンジョーの目を見張る。


「ハァ」


 バンジョーは息をついた。


「おまえらは心底人がいいぜ。放っておけるかよ! オレもちっとは戦える。オレはこれでも、忍者の末裔なんだぜ? 魔法も忍術も使えねーけどな」

「忍者の末裔……憧れます!」


 どうやらクコは忍者に憧れているらしかった。


「だからよ、アルブレア王国まで、お供させてくれよ!」


 小さく苦笑して、サツキは言った。


「人がいいのはバンジョーのほうだと思うぞ。理由もないのに仲間になってくれるなんて」

「理由? それならある! オレはサツキを見てるとなんとかしてやりたいって思うんだ。おまえはずっと本気だったからよ。そしてオレも、もっと! もっと! もっと! って自分を奮い立たせたくなる。サツキ、オレはそんなヤツがなんか好きなんだ」

「俺にそんな力はないさ」

「いや、オレはおまえの背中を見てそう思ったんだ。だから、おまえが気づいてねえだけだぜ!」

「そんな自分になれるよう、頑張るよ。バンジョー、仲間になってくれてありがとう」


 サツキは帽子を取って小さく頭を下げお礼を述べた。

 クコも慇懃にお辞儀をした。


「ありがとうございます!」

「感謝します。どうぞよろしくお願いします」


 ルカも丁寧にお辞儀をする。


「へっ。礼なんかいらねえっつーの。オレがおまえらと旅したいと思ったんだからよ。サツキには、異世界の料理も教えてもらいてえしな。礼を言うのはこっちだぜ。見たことも聞いたこともない料理がまだまだたくさんあるって思うと、わくわくするってもんだい!」


 サツキは小さく笑った。


「そっちが本当の理由か。でも、俺は料理なんてほとんどできないぞ。知識が少しあるだけだ」

「充分だ。料理すんのはオレだから、横から口出してくれたらそれでいい。渡りに船だぜ」


 パシッと、バンジョーが陽気に膝を打つ。

 サツキは苦笑した。


 ――渡りに船も、こっちのセリフだ。早くもいい仲間ができてよかったな、クコ。


 バンジョーの馬車で旅ができるとなれば、大幅に体力を節約できる。それはすなわち、体力を修業に使えることを意味した。剣の修業も魔法の修業もまだまだこれからというサツキにとってはまさに渡りに船であった。

 それに、バンジョーの料理を毎日食べられるのは旅の楽しみにもなる。

 ルーンマギア大陸の移動中、毎食を村で食べられる保証はない。そういう意味でも、旅の不安がだいぶ解消された。

 歩き出した一行。

 不意に、サツキはちらと寿司屋『ほたる』を見やる。


 ――あのガモンさんに、クコがこのあと出会わないといいが。




 新たな仲間バンジョーを加えたサツキたち一行は、クコのいとこ、(おと)()(なずな)の家の近くまでは来た。

 しかし今は深い夕暮れさえ沈む頃。

 風も止まる時間、馬車も足を止めた。

 運転席からバンジョーが降りてきて顔を出す。


「宿は決まってるのか?」

「いいえ。ナズナさんのおうちには明日の朝に行けたらと思うので、このあたりで宿を探そうかと考えていました」

「オレの泊まってる宿屋は安くていいぜ。『おかじま』っていうんだ。おまえらもそこで泊まるといい」

「そうしましょうか、サツキ様、ルカさん」

「うむ。そうだな」

「ええ」


 クコたちがそんな相談を交わすのを聞き、バンジョーは言った。


「よし。決まりだな。行くぞ、スペシャル」


 ヒヒーン、とスペシャルがいなないた。




 王都には、厩が点々と存在する。

 馬車はそこで預かってもらえるのである。宿屋『おかじま』の近くにもあり、そこに馬車を預けた。

 宿へと歩きながら、バンジョーが聞いた。


「なあ、オレたちのチームには名前ってあるのか?」

「そういえば、決めてなかったな」

「まだ三人でしたからね」


 サツキとクコも気にしていなかったところだが、ルカはそろそろ名前があってもいいと思っていた。


「これからも仲間は増えていくのよ。確実に。もっと言えば、増やさなければならない。だから組織としての名前はあってもいいと思うわ」

「うむ。そうだな」

「サツキ様。なにかありますか?」


 クコが尋ねる。


()(えい)(ぐみ)。もしくは、()(ゆう)(ぐみ)。俺たちはブロッキニオ大臣という革命軍から国を守る組織だ。サムライの『士』と、守るを意味する『衛』か、勇敢の『勇』がいいかなと思った。それ以上に深い意味はないけど。どちらか、気に入ったものはあったか?」

「どちらもいいですね! では、士衛組にしましょう!」

「ルカとバンジョーはそれでいいかね?」

「ええ。いいんじゃないかしら。シンプルで」

「おう! オレはサツキとクコがいいなら文句ねえぜ」


 クコはうなずいて、


「決定ですね。あとは、『勇』の字を旗印としたらどうでしょうか?」


 なるほど、とサツキは納得する。

 旗印を用いるというのも悪くはないように思った。


「よし。決まりだ。俺たちは今から、『士衛組(しえいぐみ)』とする。旗印は、『勇』だ」

「はい!」

「了解」

「オッケー!」


 かくして、まだたった四人の組織、『士衛組』が結成されたのであった。

 宿の前まで来て、バンジョーは振り返って言った。


「そういやよお。王都じゃあ、最近人斬りが出没するっていうじゃねえか。だから夜遅くに出歩くのはやめといたほうがいいよな?」

「可能ならばな」


 冷静にサツキが答え、クコがうなずく。


「はい。それではサツキ様。今夜は剣術の修業はお休みして、空手の修業をなされてはどうですか? お部屋で魔法の修業もしましょう」

「それがいい。だが、ルカ。俺は玄内先生を探したい」

「まあ、会うなら早いほうがいいわね」

「刀を帽子に閉まっておけば、いざってときいつでも出せるし、出歩いても人斬りには狙われないだろう」

「ええ。じゃあ、修業のあとに出る?」

「うむ」


 この王都で、サツキの一番の目的はそれだった。

『万能の天才』玄内。

 まだ見ぬ希望。


 ――玄内先生が仲間になってくれたら、鍛えてもらいたいし、なにより心強い。ナズナのことはクコに任せるとして、俺はルカといっしょに玄内先生を探したいところだ。


 早く会いたい。

 その希望の光は、この王都の夜に隠されているような気がする。


 ――いよいよ、王都の夜が始まった。


 夜の闇に浮かび上がる灯りは、夢のように滲んで見えた。

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