62 『ギブハード』
そもそも、サツキが『ASTRA』の情報担当である『ISコンビ』、ラファエルとリディオから教えられていたのは、スコットとカーメロの魔法がどのようなものかということだけだった。
どんな使い方をするのかは、この試合での観察で知るよりほかになく、サツキは想像で補完している状態なのである。だから、この戦いで見せた戦術になるほどと感心もしたほどだ。
当然、彼らの魔法の真髄などわかっていなかった。
それが、今わかった。
「トライデントが硬化してゆく。これが狙いだったらしい」
「狙い、というと?」
首をかしげるミナト。
クコもそれに続けて聞いた。
「スコットさんの魔法《ダイ・ハード》は自分や物体を硬化させるものです。これを試合開始に合わせてカーメロさんに付与したから、カーメロさんはトライデントで刺されてもほとんど傷がつきませんでした。しかし、普通はそうやって自分や味方を強化するのが正当な使い方の魔法です。そういう系統の魔法なのです。それなのに、相手の武器を硬く強くすることは、スコットさんにとって不利になるはず、ですよね?」
「実は、必ずしもそうとは限らないのだ。スコットさんは、《ダイ・ハード》による硬化をトライデントに付与した。これが意味するのは、トライデントを最良の状態から過度の硬度を持たせた状態にすることであり、硬くなりすぎた状態へと至らせること。ここまではいいかね?」
「はい」
返事をするクコ。
ミナトは質問した。
「硬くなって悪いことがある、そういう話かい?」
「うむ。あんまり硬度が上がると、今度は弾力がなくなり、力を逃がすことができなくなってしまう。そうなると、かえって壊れやすくなるんだ」
「へえ」
適当な相槌を打つミナトに、ヒナがジト目でつっこむ。
「あんた、半分以上わかってないでしょ」
「なんとなくわかったよ。なんか気持ちの部分でさ」
「それ、事実を受け入れただけで理解はできてないってことでしょ!? まあ、聞きなさい。クコたちもまだわかってないみたいだし、この『科学の申し子』浮橋陽奈が教えてあげるわよ。物理学に通じてるのはあたしくらいだしね」
「ヒナさん、それで硬度と弾力はどのような関係になっているのでしょう」
チナミが問う。
「良い聞き方ね、チナミちゃん。硬度は硬さのことなのはいいわよね? でも、この硬さは融通の効かない硬さなの。力を加えられたとき、反発したり抵抗する力がない、もろい硬さってわけ。よくしなる枝は折れにくいけど、しなることができない枝は簡単にポキッと折れちゃうってのを想像してくれる? こういうしなりとかを靭性って言うんだけど、硬度と靭性は反比例の関係にあるのよ。ゴムなんかは硬度こそないのに壊れにくい、靭性の強い物質の典型例よね」
「ダイヤモンドも硬い宝石のイメージは強いけど、案外衝撃耐性が低いから壊れやすいんだ」
ダイヤモンドもひっかき傷などはつきにくい。硬さはあるが、靭性は弱い。これが反比例の関係なのだ。
「では、スコットさんは、硬度を与えた代わりに、弾力や靭性を奪ったということですね!」
クコがそう言うと、ヒナが「正解」と返す。
ナズナがトライデントを見る。
「だったら、しなることができなくなった枝みたいに……」
「だね。トライデントは……」
と、チナミが言ったとき、それは起こった。
ポキッと、実にあっけなく、トライデントは折れてしまったのである。
「な、なにィ!」
驚愕するアポリナーレだが、会場からはスコットの得意技に歓声があがっていた。
クロノもこの様を伝える。
「折れたー! トライデントが、折れたー! 《ダイ・ハード》が決まったー! これが『破壊神』スコット選手の強さだーっ!」




