29 『ハイドトランプ』
サツキとバージニーのほうでは、蹴りと拳の応酬が始まった。
このとき、サツキは一つの行動を先にしていた。
バージニーとのおしゃべりの最中に、こめかみを一つ叩き、相手を観察。さらに、もう一つ叩いて観察を繰り返した。
三回の工程を経て、サツキはバージニーの武器や道具を見透したのである。
――先生にもらった魔法、《透過フィルター》。これを使うことで、こめかみを一つ叩くごとに物質一つ分を透過して見ることができる。
わかりやすく言えば、透視能力だ。しかし、条件もある。指先でこめかみを叩くこと。叩けば物質単位で一つずつ透かせるのだが、今回の場合だと、一回目で相手の上着や靴など表面にある物質を透かせて、二回目でその下にある衣類なども透かせる。三回目ともなれば下着すら透かせるのだが、これまでの旅では暗器を仕込むような敵に何度も遭遇してきた。逆に、それさえわかっていれば対処できることも多い。非常に便利な魔法だ。
――試合の開始前にもこれで相手を分析できるが、この大会への参加が修業である以上、試合が開始されてから《透過フィルター》を使って観察するようにしてきた。が、今までの魔法戦士には特になにかを隠すような人はいなかった。
前の試合のカルロスはボクシングローブになんの仕掛けもなく、相方デイルの魔法が特殊なために、びっくりするような戦術を使ってきた。ほかの試合も変わった武器を仕込んだ相手はいなかった。
――それに比べて、バージニーさんは手品師みたいにいくつかの道具を隠し持っている。トランプは服の内側などいたるところにあるし、魔力の影響もない普通のチップも隠し持っている。なんの変哲もないチップ、これは駆け引き用のダミーとみた。折りたたみ式のステッキは特別な効果はなさそうだが、今も手に忍ばせているトランプはなにかある。なにかがあるに違いない。
サツキの《緋色ノ魔眼》は、人や物の魔力反応を見ることもできる。ただ、トランプにはまだなんの反応もない。つまり、魔法道具ではない。仮に魔法を使うにしても、一方的に効果を与えられるだけの道具だ。
――あのトランプにはどんな狙いがあるんだ? 魔法か、それとも、投擲武器か。
トランプも、前の試合でも見せていなかったものだ。
《透過フィルター》で文字通り丸裸にするように相手の隠し武器を見透し、攻防が始まったのであった。
サツキはバージニーの足技を腕で防御したり避けたりしながら、突きや蹴りを返す。
――トランプは、まだ使ってこない。
動体視力に優れたサツキの《緋色ノ魔眼》は、トランプへの警戒をしつつもバージニーの足技に対応できていた。
クロノがサツキとバージニー、ミナトとマドレーヌの戦いを実況する。
「激しい攻防を繰り広げるサツキ選手とバージニー選手! バージニー選手の華麗な足技に目を奪われてしまいそうになるが、サツキ選手の動きも鋭い! 見事な連続攻撃だ! 防御寄りの戦い方をするサツキ選手に……バージニー選手のトランプが迫るー!」




