80 『ブレイクスルー』
サツキはこの試合、空手を使うことを迷っていた。
それは、ヒヨクとの戦いで、柔術相手に通用しなかったからだ。
そのせいで、柔術の間合いであるゼロ距離を恐れていた。今回の柏放が使う憲法・八宝拳もやや間合いが近く、ヒヨクとの戦いを連想してしまった。八宝拳の間合いは、掌底など普通の突きや蹴りよりも短い距離で使う技が多いためである。
だが、柔術使いほど近い間合いでもない。それにも気づかず、サツキは無意識に踏み込めなくなっていたのだ。
結果、ヒヨクとの戦いが脳裏によぎって、サツキは空手を使っていいのか迷いが生じて、集中力が下がってしまった。
考えるべきことはシンプルだった。
戦い慣れていない柔術使い相手の場合のみ、武器を使って戦えばよく、《波動》の力を余すことなく乗せられる空手は存分に使えばいい。
そして、勝機を探したら、自分の力を信じて恐れずに間合いを詰め、《波動》の力を叩き込むのだ。
――壁を打ち破るために、ここは観察だ。勝機を見つけろ。
サツキはクワッと目を見開いた。
《緋色ノ魔眼》が相手を刺すように見る。
さっと距離を取るように下がった。
襲い来る攻撃も、後退することで避ける。
「すごいすごいすごーい! サツキ選手、紙一重で避けるー! あの無数の掌底を見事に避けているー! その動体視力と身のこなしに感服だー!」
クロノの実況を耳に入れ、柏放は奥歯を噛む。
――なんという集中力だ。今ので勝負が決まるはずだった。だが、あの態勢からかわされてしまった。なぜ、急にこれだけの動きができるようになったのだ。集中力だけで私の《八波・六十四掌》は避けられるものでは……いや、その緋色の目か!
攻めあぐねる柏放。
サツキは柏放の攻撃《八波・六十四掌》の間合いに入らないことで攻撃の速さにもついて行けるようになっており、つい柏放の攻撃が一旦途切れた。
距離を保ち、サツキは右の拳に力を集めていった。
――よし。充分に魔力も練った。あとは叩き込むだけだ。
ついに《静桜練魔》も完了したサツキは、己の磨いてきた技を打ち込む。
この試合、昨日負けたばかりだから負けたくない気持ちが強く働いて距離を取ろうとしていた。勝ちたいというより負けたくない気持ちのせいで守りの姿勢になっていた。安全かつ着実に勝つことを考えているせいで、勝機を見つけることをしなくなっていた。また、空手を使うかも迷っていた。
だが、迷いは振り切った。
迷いを断ち切ると、集中力が戻ってくる。
サツキは一対一のときでも余計なことまで考えてしまう性格である。指揮官に向いているから悪いことではない。しかし、一対一などの局所戦闘では、サツキの並外れた集中力を発揮するのが大事になる。そのためには、瞬発力で相手の動きを読んで懐に飛び込むことも必要で、サツキにはそれができる頭と目と度胸がある。
そして今、それらすべてがそろった。
サツキはこの試合初めて攻めに転じた。
「柏放選手が動きを止めると、今度はサツキ選手が動いたー! サツキ選手、仕掛けるー! どんな技を見せてくれるんだ!? おおーっと! やはりここでサツキ選手が繰り出したのは、あの技だー!」
拳には《波動》もまとわせ、サツキは柏放に拳を突き出した。
「はあああああ! 《砲桜拳》!」
「くそ、負けない! 《八波・六十四掌》! ほぁあったたたたたたたたたたぁー!」
無数の掌底が壁を作るようにしてサツキの拳を阻むが、サツキの《砲桜拳》は掌底の壁を突き破って柏放に届く。
「ほぉあああああ!」
サツキの拳が柏放を場外へと吹き飛ばした。
ここで、クロノが判定を下す。
「決まったあああああ! 柏放選手、場外ーッ! サツキ選手の全力の拳、《砲桜拳》が柏放選手の掌底を撃ち抜きました! ものすごい威力だぁー! どんな障害物でもお構いなしのパワーだったぞ! バリアでもまとっているのかー!?」
会場からは歓声が上がっている。
サツキへの言葉も聞こえてきた。
「よくやったぞー!」
「かっこよかったよ、サツキくーん!」
「最高の拳だったぜー!」
「四連勝おめでとーう!」
クロノがうれしそうに言う。
「ただいまの勝負をもちまして、サツキ選手はシングルバトル部門において四戦全勝! 四連勝となりました! 強敵続きの中、よく頑張って勝ち星を拾ってきました! しかし、サツキ選手の目標となっているダブルバトル部門の大会、『ゴールデンバディーズ杯』はダブルバトル部門で勝利しなければなりません! このあとの試合が待ちきれないところですが、さっそくサツキ選手にインタビューしていきましょう」
会場からサツキへとしゃべりかける対象が変わり、クロノは優しくも弾むように言った。
「四連勝、おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
「サツキ選手の最後の一撃、すごかったですね!」
「ずっとあの一撃のために力を溜めていました」
「バリアでも張っているんですか?」
冗談めかして聞くクロノに、サツキは微笑を浮かべ首を横に振った。
「いいえ。そんなことは」
「柏放選手はどうでしたか? 東洋の武闘家同士の戦いとなったわけですが」
「はい。柏放選手の使う拳法と戦ったことはなかったので、間合いに戸惑いました。技も多彩で、強かったです」
「ええ。柏放選手は、魔法の使用が禁じられている『ディセーブルコンテスト』に、武器の使用ができない『拳祭り』など、いくつかの大会でも好成績を収める実力者ですからね。さて、このあとサツキ選手はダブルバトル部門の試合もあります。そちらへの意気込みもよろしいですか?」
「絶対勝ちます」
サツキの勝利宣言に、会場はまた沸いた。
楽しげな声で、「勝てよー!」とか「言ってくれるぜ、ルーキー!」などとはやし立てられる。
クロノはインタビューを終えて、
「頼もしい宣言でしたね。以上、サツキ選手のインタビューでした。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
サツキは一礼して舞台から下りてゆく。
「さあ、シングルバトル部門の試合はまだ続くぞー! 次の選手たちが今か今と待っているので、第二試合に移ってまいりましょう!」
舞台から下りてサツキが暗い通路に入ると、そこでは次の対戦を控えたシンジがいた。
「おめでとう。お疲れ」
「ありがとうございます。シンジさん、頑張ってください」
「任せて!」
入れ違いにシンジが通路を出て、日の光を浴びる。
サツキは小さく息をつき、握った拳を見つめた。
「勝てた。やっぱり、戦闘経験がもっと必要なんだ。自分への迷いがなくなるくらい、もっと。次のダブルバトルも頑張るぞ」




