70 『スリーブラザーズ』
士衛組の話し合いが終わったあと、サツキはリラの部屋を訪れた。
「サツキ様。いらっしゃいませ」
「リラ。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「なんです?」
首をかたむける仕草は楚々としてかわいらしいが、リラの目はサツキがなにか相談があることも見抜いていた。
――さっきの失踪事件とは関係がないことだと思うのだけど、なにかしら。もし失踪事件のことなら、みんなに話をする前に、リラに相談したはず。個人的なこと、かな?
リラが待っていると、サツキはさっそく切り出した。
「今日、コロッセオで気になる人がいた」
「はい」
「強い剣士だった。相手は魔法を使わなかった。俺が相手で使いにくかった可能性もあると予想してる。その人は、俺が昔、浦浜でケイトさんと戦ったときとよく似た印象だったんだ。名前は伏せて参加していて、仮面の騎士と名乗っていた。仮面で顔を隠していたから、その特徴から名乗ったものだと思う」
「見た目はどうでしたか?」
「ケイトさんに似ていた気がする。どちからと言うと細身で、背はケイトさんより少し高くて一七七センチくらいかな。髪はライトブラウン。西洋剣や衣服には、硬貨を五つ連ねたような模様があった。その模様は、ケイトさんの衣服にもあったと思うんだ」
「なるほど。そういうことですか」
リラは話すべき情報と順序を整理して、それから口を開いた。
「ケイトさんには、お兄さんが二人いらっしゃいます。長男のカイトさんは二十三歳、次男のキイトさんは二十一歳です。お二人の特徴は違っていて、見た目の印象も異なります。カイトさんは線が細めでスマート、ケイトさんに似ていますね。キイトさんはお父様のアルトさんに似て豪毅な感じでしょうか」
「じゃあ、カイトさんか」
「おそらく。なにかお話はされましたか?」
「いや。特になにも」
「そうですか。連堂家はアルトさんの戦術眼のよさで今の地位を得るまでになりました。統治する領土は狭いけれど、実力は認められています。『奇策士』連堂有人さんは、一種の戦術の天才でしょう」
「天才……」
「そのアルトさんの息子が連堂家には三人います。中でも、ケイトさんはお若いながら魔法の才覚がずば抜けていました。頭脳もいずれアルトさんのようになれる素質があると評価がされていました。連堂の伝家宝刀といえる幻術魔法をその名に冠して、『幻術の貴公子』の異名をとったほどです。対して、カイトさんは剣の腕がピカイチです。『快刀の勇士』と呼ばれています。キイトさんは豪傑な見た目に反してアルトさん同様謀略に優れているとの噂です。少年期からたびたびウッドストン城に遣わされ、ブロッキニオ大臣の元で仕事を手伝うことも多かったので、智恵はそちらでも磨かれたのでしょう。ついたあだ名は、『智謀の吏士』」
「さすがに詳しいな」
リラは初めて、にこっと笑った。
「藤馬川博士に言われましたの。お姉様は情報に疎いタイプだから、リラが情報を異界からいらした勇者様――サツキ様に教えるようにと」
「なるほど」
二人は顔を見合わせて笑った。
「サツキ様。カイトさんが接近してきた目的はまったくわかりません。今はあんまり考えても結論は出ないときだと思います。やるべきことを一つずつやっていき、また巡り会ったときに考えましょう? そのときは、リラもいっしょに考えます!」
リラの明るい笑顔に励まされ、サツキはうなずいた。
「うむ。ありがとう」
「いいえ」
そう言って、リラはじぃっとサツキを見つめる。
「サツキ様? せっかくです。マンガを描きませんか? 次のお話の調子はどうです?」
「そうだ。書けたぞ」
サツキは《魔導帽八重桜》に手を入れて原稿を取り出す。
「まあ! 楽しみです!」
原稿を受け取ったリラは、一生懸命に読み始めた。
リラはころころ笑ったり、ぐすんと泣いたり、真剣な顔で原稿とにらみ合ったり、表情がくるくる変わった。サツキはそれを見て、
――リラは感情が豊かだな。
と思った。
もっと言うと、自分が書いたものはそこまで感情を揺さぶるほどの力はないと思っている。だからサツキのほうが感激してしまう。
――書いてよかったな。
と思うのだ。
「リラ。どうだった?」
つい気になって尋ねると、リラは微笑を浮かべて答える。
「すごくよかったです。外の世界に飛び出した主人公と、それと同時に現れたもうひとりのヒロイン。リラをモデルにしてくれてるんですものね、この子は」
いたずらっぽく笑うリラに見つめられ、サツキは照れくさくて目をそらす。
「まあな。その、おかしくないか?」
「ふふ。とっても魅力的で可愛い女の子になっています。ふうん、サツキ様の目には、リラはこう映っているんだぁって思うと、うれしくてこそばゆいほどです」
ちょっとからかうような口ぶりをしてみせたくせに、照れてサツキの顔が見られなかった。
――サツキ様の目に映るリラ。好き。でも、それって本当のリラなのかな……? リラはサツキ様が思ってるような人間ではないかもしれないけれど、うれしいのは本当。だから、もっと書いて。物語の中のリラを幸せにしてみせて。なんて、恥ずかしくて言えないものなのね。
リラは視線をそらせ、そんなことを思った。
実は、こそばゆくて目を合わせられないのはサツキもだった。サツキは威厳を取り繕うようにコホンと咳払いをして、
「う、うむ。気に入ったのならいいけどな」
同じ方向を見たくて、リラは言った。
「はい、とっても気に入りました。では、サツキ様。いっしょにネームをつくりましょう?」
「そうだな」




