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49 『アクワイアー』

 浮橋教授は滔々と話し始めた。


「人類を除いた人型の生き物には、様々な種がある。昔、エルフは森の人と書いて『(もり)(びと)』とも呼ばれ、ドワーフも小さい人と書いて『()(びと)』とも呼んだそうだ。妖精は花の人と書いて『(はな)(びと)』、そして獣の人と書いて獣人、というように人々は彼らを人間と近い存在だと考えてきた。それこそ、人の一種のように。極めて近い存在だとね」


 一度言葉を切ると、次に口にしたのは意外なものだった。


「しかし彼らと人間は必ずしも交配はできない。逆を言えば、できる種もあるという奇妙な関係でもあるんだ。人間に近い遺伝子を持つチンパンジーも、99パーセントが同じでもまったくの別の生物だよね。なのに、彼らの中には人間と交配できる存在もある。不思議じゃないかい?」

「はい」


 交配、つまりは雌雄の間で子供が生まれるということだ。交配可能な存在がいることがサツキには驚きで仕方ない。


「でも、お父さん。そうなると、サツキの仮説が正しい可能性が高いってことよね? それ以上の意味があるの?」

「意味というか、遺伝子の不思議の話、かな。実は、先に挙げられた獣人たちには共通の特徴があるんだ。それは身体能力の高さ。そして再生能力の高さ。再生能力は、治癒力とも言い換えられるね。また、彼らは人間とは違った遺伝子配列を一部有しながら、人間と同じ配列も確認されている」

「それってなにか関係があるのか?」


 バンジョーがうどんを手にやってきて聞いた。


「あんた話わかってんの? 途中からでしょ」

「よくわかんねえから聞いてんだろ」


 ヒナがつっこむがバンジョーは平然と返し、浮橋教授がにこりと笑って答える。


「それが、関係あるんだよ。バンジョーくん」

「ほえー」

「なにもわからずお父さんを喜ばせるリアクションするなー」

「だが、驚く話だぞ。ヒナ。どう関係があるのか気になる」

「サツキくんならそう言うと思ってたよ。それで、その関係性なんだけど、先に言うとゲノムの長さにある。彼ら人間に似た種は、遺伝子の繰り返しが多いんだ。同じ配列を何度も何度も繰り返している。そのせいで遺伝子の長さが人間の五倍にもなる。長年研究者たちはその理由もわからず頭を抱えてきた。そんな中、とある研究者がイモリの研究から驚くべき事実を教えてくれた。イモリもまた、獣人たちのように不可解な遺伝子の繰り返しが多いとわかったんだ。イモリは再生能力が高く、尻尾が再生するトカゲと違って、手足さえも再生させてしまう。傷の再生能力も高い」

「そこで、その遺伝子の繰り返しが獣人たちの治癒力の高さを可能にする要素だと考えられたわけですね」

「そう。まさに、彼らはイモリと同じ仕組みを獲得した種だったわけだ。無駄だとばかり思えていた遺伝子の繰り返しも、そうした能力の核になっているのではないかと見直されたし、ぼくはさらに別の可能性も考えた」

「別の? なんすか、それ」


 バンジョーがまだなにもわかっていない顔で聞く。


「それは、人間らしさを残すためではないだろうか、という可能性さ。サツキくんの仮説と合わせれば、人間に近い形でいようとしながら、他の生物特徴を獲得することで過酷な環境を生き延びようとしたわけだろう? しかし、人間はあらゆる時代で生物の頂点だった。人間は持久力という体力の根本的な要素において、生物中最強のままだし、頭脳も常にトップであり続けている。他の生物の要素を手に入れても、人間でいたほうが生存競争に有利だ。ゆえに、人間の遺伝子配列を無駄に繰り返してでも人間らしさを残し、それがイモリのような驚異的な治癒力を生み出した。まあ、いくら獣人やエルフでもイモリみたい手足が生えかわったりはしないけどね」

「ふむ。おもしろい話だったぜ。イモリのそれはレトロトランスポゾンっていって、おかしなゲノムの長さは確かに長年研究者たちの疑問だった。だが、獣人やドワーフみたいに治癒力の高い種に限ってその特徴を有しているのも、なるほど興味深い考察だ。サツキの仮説と合わせても矛盾がない」


 玄内は楽しそうだった。

 おそらく、最初から獣人たちとイモリの遺伝子の繰り返しの件だけは知っていたのだろう。それとサツキの仮説を結びつけた浮橋教授の慧眼に、玄内は感心と喜びで楽しくなったものと思われる。

 このあと、バンジョーが作ってくれたうどんをいただきながら、獣人やエルフ、ドワーフなどの話をした。

 それによると、この世界にはサツキの世界にあった空想的生物でも見られない種もいるらしい。

 ファンタジーでよく聞くエルフは肌が透き通るように白く、しばしば薄い水色にも見えるそうなのだが、同じ森の中に住む人型の種の中には、緑色の肌をしたお化け植物みたいなものもいるとのことだった。葉っぱのような緑色の肌は光合成ができ、植物同様じっと動かず普段はエネルギー消費を抑えている。当然、エネルギー消費のために頭もあまり使わない。人間の脳は熱に弱い特徴があるため、灼熱の環境では頭脳が退化して、行動力も下がり、植物に近い生態を持つことで生き延びたのだという。


「それなら、海底人や地底人とかもいるんでしょうか?」

「そんな場所にすみかを作れるならあり得るが、どうかねえ。少なくとも、おれはいないとも思わないが」


 玄内はただの現実主義者ではない。

 あらゆる空想を実現するための構想力と論理的な思考力を持った科学者であり、サツキ以上にロマンチストなのだ。

 だからサツキは玄内と話すのはおもしろいし、ヒナもサツキと同じくいろんな可能性を考えてくれる楽しい相棒でもある。

 ついしゃべり過ぎてしまって、サツキは時計を見る。


「あ。そろそろ帰らないとですね」

「もうそんな時間か。残念だ」

「また来ますよ」

「そうだよ。お父さん」

「うん。楽しみにしてるよ」


 もっとしゃべりたい浮橋教授は残念そうだったが、サツキも午後はコロッセオでの試合がある。

 この日はまっすぐ城に戻り、サツキはミナトと合流すると、コロッセオに出かけたのだった。

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