24 『ソードブレイカー』
円形闘技場コロッセオ。
九月六日の第二試合が始まった。
対戦者は、『神速の剣』誘神湊と『ソードブレイカー』減裂須得盤下露主。
開幕と同時に、両者、剣を抜いた。
互いに動かず、相手をじっと見つめる。
観戦席で、サツキはシンジに聞いた。
「ソードブレイカーって、武器の種類にありましたよね?」
「うん。櫛状の峰を持った、小さな剣をソードブレイカーっていうんだけど、サツキくんは気づいたみたいだね」
「エヴァンゲロスさんの武器、ソードブレイカーじゃないです。なのに、異名が『ソードブレイカー』。剣士相手には負けなしっていう文句も、魔法が関係してるんでしょうか」
「その通り。エヴァンゲロスさんの武器は、元は普通の剣。でも、そこに魔法が絡み、特殊な武器となり、『ソードブレイカー』と呼ばれるようになったんだ」
「ミナト、大丈夫かな……」
「剣士だからね。相性は悪い。とにかく、応援しよう!」
シンジは「頑張れ、ミナトくーん!」と声を張り上げた。
サツキは、自然、瞳が緋色になっていた。
――変化は……ない。カウンター型か、発動条件がそろうまで時間がかかるタイプか。見せてもらおう。
魔法、《緋色ノ魔眼》は魔力を可視化することができる。通常では目に見えない魔力が見える。また、重心や筋肉の動きまで見えるし、動体視力も上昇する。
そんな緋色の瞳にも、今はなんの変化も見られない。
先に動いたのは、ミナトだった。
「参ります!」
「こい」
一瞬で距離を詰め、エヴァンゲロスに斬りかかる。
ただ、ミナトは自身の魔法《瞬間移動》を使っていない。ただ速いのである。エヴァンゲロスも反応は早いが、後手に回ったように受けるのが精一杯だった。踏ん張りがきかない。
態勢を保つだけでギリギリのエヴァンゲロスの顔を見て、ミナトはさっと下がった。
二回、三回、四回と斬りかかり、エヴァンゲロスが慣れてきたようにミナトの剣を捌いていった。
再度距離を取ったところで、エヴァンゲロスは無表情にミナトを讃えた。
「かなりの使い手のようだな」
「どうもありがとうございます」
息つく暇も無い攻防が終わり、『司会者』クロノは実況を挟んだ。
「やはり速ァァーい! ミナト選手、なんという速さでしょうか! 剣の名手でもあるエヴァンゲロス選手が、守りに徹することさえやっとだー! だが、試合は速さだけではわからないぞ。ここは円形闘技場コロッセオ――魔法戦士たちの戦いの舞台だ。しばしば、魔法は力や速さを凌駕する武器となります。未だベールに包まれたミナト選手の魔法に対して、エヴァンゲロス選手の魔法は発動のときを待つばかりだ」
実況を受けてなのか、エヴァンゲロスは剣を身体の前に立てた。なにかのポーズにも見える。
「おーっと! エヴァンゲロス選手のあの構え! いよいよ、あれが出るのでしょうか!」
クロノの言葉に、剣を前にしたミナトも、観戦しているサツキも、「『あれ』?……」と声が漏れる。
サツキの横にいるシンジが教えてくれる。
「魔法だよ。見ればわかる」
詳しい説明はしなかった。あえてしなかったのだろう。サツキの観察を聞きたいのかもしれない。だから、サツキは今は試合を見ることにした。
舞台では。
エヴァンゲロスが宣言した。
「オレの魔法をお見せしよう。出でよ! 《剣を喰らう者》」
ゆっくり、エヴァンゲロスは剣を掲げる。
すると、剣の峰に顔が浮かび上がってきた。
不気味な顔である。
「腹が減ったな」
としゃべって、カタカタ笑い出した。
「出たあああああ! エヴァンゲロス選手の魔法、《剣を喰らう者》! 剣に命が宿りました! あの顔がこれまで、いくつもの剣を喰らってきましたが、ミナト選手はどう戦っていくのでしょうか! みんな、スーパールーキーの一挙手一投足を見逃すなー!」
ミナトは目をくりっと開いたあと、小さく笑った。
「驚いたなァ。妖怪みたいな顔ですね。おしゃべりもできるんですか」
「いや。腹が減ったしか言わない。だが、この《剣を喰らう者》は自ら考えて動き、術者であるオレを守る」
「へえ」
「いつでもこい。『ソードブレイカー』の名にかけ、その剣をへし折ってやる」
「そうですか。承知しました」
わずかに腰を落とすと、ミナトは剣を構えて、
「いざ。尋常に」
刹那のうちに、エヴァンゲロスの肩口三十センチにまで剣が届く。
しかし、剣は《剣を喰らう者》と絡み合った。
《剣を喰らう者》が剣に噛みついた、という構図に見える。
「《誘う目玉》」
「おっと」
ミナトは手元が狂った。
――思った場所に剣が伸びない。ミスしちゃったかな? いや、向かうその直前、軌道が変わったんだ。
気づいて軌道を修正しようとするが、できない。
――引けない。切り返せない。このままじゃあ、剣に引き寄せられる。
なぜだか、ミナトの刀はエヴァンゲロスの剣へと引っ張られていくようだった。不気味な顔、《剣を喰らう者》に引き寄せられる。
互いの剣がぶつかる。
ミナトが相手を剣で押して距離を取ろうとするが、離れてくれる感じがしない。
「あれ……?」
「磁石のように、金属性のものを引き寄せる。当然、剣も引き寄せる」
「最後、剣の軌道が変更させられたのも、このせいですか。今、離れてくれないのも」
「そうだ」
「随分簡単に種明かししてくださるんですね」
「これで終わりだからだ。《噛む凹凸》」
淡々と次の攻撃を繰り出したらしいエヴァンゲロス。
ミナトは、剣に伝わるきしみのような違和感に気づき、即行動を起こしていた。
「いやあ、まいったなァ。危ないところでした」
そう言ったとき、ミナトはすでに、エヴァンゲロスの十メートル以上後方に立っていた。
――今回はちょっと、目立つ使い方をしちゃったかな。僕が《瞬間移動》を使ったことに気づいた人もいるかもしれない。
ほとんどの者は気づかない。
見えない魔法を使うわけだから、なにが起こったのかわからないだけで、その正体が《瞬間移動》とまでは見抜けない。だが、可能性を絞れば、そこに行き着く者はいるし、見える人も中にはいるだろう。ただしそんなのは特殊な魔法の使い手という希少な能力者のみだ。
当然、『司会者』クロノにも、対戦者である『ソードブレイカー』エヴァンゲロスにも、なにもわからなかった。
クロノが観戦席に向かって、大声で告げた。
「逃れたァー! ミナト選手、あまりの速さに見えなかったが、狙った獲物は離さない《噛む凹凸》から逃げ切ったぞー! これはおそらく、初めてのことです! 少なくとも、コロッセオでは初めてではないでしょうか! どんなトリックを使ったんだ!? かっこよかったぞー!」
「トリックを使ったのはお相手なんですけどねえ」
とミナトは苦笑する。
――そのトリック、《噛む凹凸》はそのまま剣をあのお顔が食べる魔法ってところかな。さて、どう対応してみるべきか。
エヴァンゲロスの仕掛ける二つのトリックとその噛み合いはわかった。あとはどう攻略するか。ミナトは考えなければならない。
「驚いた」
ぽつりと漏らし、エヴァンゲロスがミナトを見据える。
「初めて獲物を逃したそうですね。驚くことはありません、狩りに失敗はつきものですぜ」
「いや。逃がしたからじゃない。それも驚いたが、それ以上に、キミの剣の強靱さに驚いた」
「ああ、そちらで。確か、晴和王国の刀より、西洋の剣のほうが丈夫だと言いますからねえ」
「そうとも言い切れない。だが、これほどの剣とは初めて戦った」
ミナトが今使っている剣は、『太加天之白菊』。
晴和王国二百三十三振りの刀のうち、たった五振りしかない最高位、『天下五剣』である。
だが、なにを思ったか、ミナトはその刀を鞘に収めた。




