53 『アリアドネラビリンス』
開幕直後、ピノが魔法を発動させた。
「《脱出不可能ノ糸》」
「解放しろ、オレのパワー! 《瞳をとじて》!」
同時に、フリオも魔法を使用した。頭にグレートヘルムを被り、その顔はサツキとミナトからはもう見えない。
無策なのはミナトだけで、サツキも魔法を発動させていた。
――《緋色ノ魔眼》。これで、魔力を見る。そして、《透過フィルター》も使い、隠し武器も見極める。
サツキの瞳が緋色に変わり、魔力反応を視認できるようになった。それによると、確かに、『アラネアの盾』とグレートヘルムからは魔力反応が確かめられる。
また、《透過フィルター》では、物体単位でものを透過して見ることができるのだが、彼らの服の下にはほかの武器もない。
今あるものがすべてだ。
だが、サツキにしか見えない真実もある。
――地面に、魔力の糸が張り巡らされている……? これはいったい。そして、フリオさんとピノさんは、共に一定の距離を保ち、離れようとしない。二人合わせてのカウンター型か?
クロノが実況する。
「さっそくフリオ選手とピノ選手が魔法を発動させました! もうこれで舞台は彼らのものだー! しかーし、サツキ選手も瞳を緋色に変え、戦闘準備は万端とみえます。ミナト選手だけは、ゆっくりしているぞー」
ゆっくりしているミナトが聞いた。
「サツキ。なにかわかった?」
「この舞台上に、魔力の糸が張り巡らされている。それに触れるなと言いたいが、見えないんじゃ無理だ。それから、隠し武器はない。正面から行こう」
「了解」
先にミナトが動き出す。
「早くもミナト選手、サツキ選手が動き出しました。サツキ選手がなぜ隠し武器がないことを突き止めたのでしょう! 緋色の瞳に関係があるのか、それとも洞察力なのか。気になるところです。ただ、わかっている情報は少ないですが、大丈夫なのかー?」
ミナトのすぐあとからサツキも駆け出して、攻撃態勢に入る。
――まずはやってみないと始まらない。《静桜練魔》で魔力を練り、《波動》を扱える準備だけはしつつ、剣による普通の攻撃で様子を見る。
サツキが剣を振りかぶる。
このときには、ミナトはもう剣を振り抜いていた。
高速の剣は、しかしターゲットのフリオには向かず、ピノの盾を攻撃していた。サツキは内心で慌てつつ、自分もピノの盾に斬りかかる。
「はああぁ!」
「あれ?」
ぼんやりしたミナトの声に、サツキは注意を飛ばす。
「上だ」
「よっと」
ぐるんっとミナトが宙で身体をひねって、フリオの大剣『災いの大剣』を受けた。重量も相当にありそうな大剣を弾き飛ばすほどの力で打ち返したミナトに、フリオの「ちっ」という舌打ちが漏れる。
とん、とん、と軽やかに飛ぶが如くミナトが後退して、サツキも下がっていった。
「すごいすごいすごーい! ミナト選手、なんと華麗な剣捌きでしょうか! あの状態で、しかも初見で、フリオ選手の大剣を受け切った者など未だかつていませんでした! あまつさえ、あの大剣『災いの大剣』を弾き飛ばす勢いだったぞー! だが、やはりサツキ選手とミナト選手もなにかに気づいたようです。一度下がって態勢を整えます」
実況が終わるのと同時に、サツキはミナトに言った。
「ミナト。なんでピノさんに攻撃してるんだ」
「お? 仲間割れか?」
煽るようにピノがニヤリと頬をゆがめ、ミナトがサツキに言った。
「いやあ、まいったなァ。怒らないでよ」
「怒ってはない」
それはミナトもわかっている。だから余計な話はせず、本題に入った。
「なんかね、剣が吸い寄せられてしまったんだよ。あの盾に」
「やはり、盾に秘密があるのは間違いないらしい。だが、吸い寄せられたってのがわからない」
「僕もわからないんだよねえ」
のんきに笑うミナトを見ると、サツキはジト目を向けたくなる。真剣勝負の場でする顔じゃない。
――どうする? このままでいいわけがない。まずは、作戦を変更しないと。でも、どんな……。
迷うサツキの心を読むように、ピノが語りかけてきた。
「やっと考える気になったかよ。お二人さん。おまえらのさっきの試合、見てたぜ。悪くない動きだった。だが、ここはダブルバトルの舞台だ。シングルバトルの舞台が二つ並んでるわけでも、バトルロイヤルでもねえ」
サツキもやっとそれがわかってきた。
――そうだ。その通りだ。ダブルバトルなんだから、二人で戦わなきゃ意味がない。前の試合を観ておけばよかったな。今更だけど。
この期に及んで考えることじゃないとわかっていても、観戦しなかったことは悔やまれる。
歯噛みするサツキに、ピノはなおも言う。
「シングルバトルがやりたきゃ降りろ。おまえら個人の力はなかなか悪くないが、ダブルバトルはてんでなっちゃいねえんだよ。1+1はなんだと思う? それがわかったら出直すんだな」
「ここで、ピノ選手から問題をつき突きつけられました。サツキ選手とミナト選手のアンサーはいかに。試合中に答えを出せるのか、見ものです」
ミナトが涼しい顔で実況を聞くと、サツキに流し目を送った。
「だってさ。どうする?」
「いちいちもっともだ。だが、好き好んでミナトとバディ組んで挑んでるんだ。とことんやるさ。張り巡らされた混沌も、迷宮のような難問も、解き明かす手がかりの糸はある」




