45 『ステージオン』
会場が、にわかに騒がしくなった。
「始まるのか」
「みたいだね」
試合が始まるようで、サツキとミナトは自然と舞台に目線を移した。
舞台に登場した二人は、鎧をまとった騎士と野獣のような腰巻きだけの大男だった。
「熱狂冷めやらぬ中、次の対戦が始まります。みなさん、休憩は大丈夫ですか? ここからも、司会はワタシ保見黒野が、引き続き務めさせていただきます! それでは選手の紹介です」
『司会者』クロノは、実況もこなすリングアナウンサーも兼ねたレフェリーのような存在であり、試合を盛り上げるためにもよくしゃべっていた。タイムキーパーも彼の仕事である。年は四十代半ば。黄色の蝶ネクタイに青いスーツ姿で、手には丸い貝殻が握られている。
――あの貝殻がマイクになっているのか。
マイクはこの世界にはないようだが、水色の球体状の貝殻がマイクの代わりに使われていた。
サツキの隣では、
「クロノさんの実況はいいよな! 盛り上がるぜ!」
「水球貝を使ったあの人の魔法《アリア・フォルテ》は、声が会場全体に響くからな。この魔法には気持ちを盛り上げる効果もある。クロノさん以外に『司会者』は務まらないって」
といった会話が聞こえてくる。
水色の球体状の貝殻は水球貝というらしく、穴が一つ空いている。それをマイクのようにして穴に向かって声を吹き込むと、声を響かせられる魔法で、名前が《アリア・フォルテ》であるともわかった。
また、記憶力のよいサツキには思い当たる貝殻があった。神龍島の砂浜にあったものだ。あの不思議な古代の島にしかないものだと思っていたが、この近海にはよくあるものなのか、それとも特別にクロノが持っているのか、それはわからない。
マイクがなんなのか、ミナトに言っても通じないと思い、サツキはそれには触れずに会場を眺める。
クロノが双方の紹介を簡単にして、二人の戦いが始まった。
「それでは、始めましょう! レディ、ファイト!」
試合は、騎士の勝利に終わる。
「なかなかだったな」
「まあ、まずまずと言ってもいいのかなァ」
「あれで十勝の魔法戦士。五十勝してやっと挑戦できるっていうバトルマスターは、どんな人たちなんだろうか」
「さすがに、強いと思う」
ミナトが言うのならバトルマスターは本当に強い人なんだろうな、とサツキは思った。
次の試合も特別すごいものでもなく、サツキは少し安心した。
「この感じだったら、俺でも戦えそうだな」
あはは、とミナトはおかしそうに笑った。
「自分が強くなったから、そう思うんだ。でも、本当に実感できるのはこのあとだと思う」
そのあとさらに一戦して、案内係のお姉さんが呼びに来た。
「サツキさん。この次の次の試合になります。ミナトさんはさらに次の試合です。その後、本日のメインイベントの一つ、シングルバトル部門バトルマスター防衛戦の特別マッチがあり、試合後、プログラムはダブルバトル部門へと移行します。本日のダブルバトルは四試合あります。サツキさんとミナトさんのバディは三戦目ですよ。そして、四戦目は本日最後のメインイベント。ダブルバトル部門での特別マッチ――バトルマスター防衛戦があります」
「わかりました」
とサツキが答える。
「来場初日からバトルマスターの試合を観戦できるなんて、幸運ですね。しかも、シングルバトル部門とダブルバトル部門、両方で」
「はい。楽しみです」
「よーし、やるかァ」
二人は立ち上がり、案内係のお姉さんに連れられ控え室に入った。
そして、サツキの順番になる。
「いってくる」
「うん。頑張って」
うむ、とサツキはうなずき、《打ち消す手套》を手にはめて、舞台へと歩いてゆく。
暗い通路の先には、光がある。
通路を抜けると、空の光が降り注ぎ、舞台を照らしていた。
歓声が上がる。
――マノーラに住む人々最大の娯楽。盛り上がってる。ここで、これから戦うのか。緊張するな。
サツキが舞台へと歩いてゆく。
円形闘技場コロッセオ。
戦う舞台は、正方形になっている。石畳が敷かれた台の上にあり、高さはサツキの身長より少し低いくらい、そこへ階段でのぼる。
舞台に立つと、また歓声が上がった。
相手は知らされていない。
それもランダムマッチの醍醐味なのだが、参加者にどんな人がいるのかも知らないサツキにすれば、いずれにせよ知らない人と戦うわけだし関係なかった。
だが、相手を見て驚く。
――子供……? さっきまでの戦いは、みんな大人だったのに。
しかし、考えてみれば自分もまだ十三歳。つまり、子供同士のほうが盛り上がるだろうという意図でマッチングしたものと思われる。
――年は俺と変わらないくらい。一つか二つ上か。負けられないな。
しかも晴和人のようである。
『司会者』クロノは、サツキと相手の紹介をする。
「晩夏の日射しが優しく降り注ぐ円形闘技場コロッセオ。対戦者は、互いに少年だー!」
騒がしいほどの熱気は、日射しの柔らかさに対して、激しい。舞台に立つとその歓声も臨場感がぐっと高まって聞こえてくる。
サツキは気持ちを落ち着かせる。
「ここに、新たな挑戦者が現れたぞ! その名は、城那皐選手! 対するは、現在十二勝八敗の潤地伸持選手! サツキ選手は十三歳、シンジ選手は十四歳です! 若い魔法戦士同士の戦い、みなさんも応援よろしくお願いします!」
シンジは、武闘家風の少年で、背はサツキより十センチほど高い。筋力が強そうには見えないが、しなやかそうではある。
「サツキくん、キミも晴和人だろう? ボクは修業のためにこのマノーラに来てる。晴和人で、しかも年も近い。仲良くなれそうだ。でも、今からは真剣勝負。晴和人同士、正々堂々、力の限り戦おう」
「はい」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
二人の挨拶を聞くと、クロノは手をクロスさせた。
「それではまいりましょう! レディ、ファイト!」




