9 『随雲は鷹不二桃理の人相に期待する』
晴和王国、王都の西隣に位置する武賀ノ国。
小さな国である。今で言う東京都の西側――二十三区を除いた地域と神奈川県の川崎市がその国土になる。
この国の城主が住むのは、鹿志和城。
そこから、僧衣にも似た茶人風の装いの男性が出てきた。四十代も後半になるが年齢もわかりにくい。
彼は易者だった。
幾老随雲といって、星降ノ村から光北ノ宮を経て、列車に乗って王都へ渡り、この城の主を求めてきた。
「なかなか。これはなかなかに見ない傑物に会えたものだ」
随雲は口元をほころばせて微笑む。
「最近、星降高原のあたりで変わった少年を見かけたが――果たして、あの少年なのか、それともこの傑物なのか。あるいは、まだ見ぬ建海ノ国の異端児か」
帽子をかぶった少年に話したとき、随雲はこの武賀ノ国の国主についてはおかしな評判しか聞かなかったから、期待などはなかった。
それが、
「天下を取れる器量が二つもある。この世はおもしろいことになりそうだ」
と思えた。
ひとりごち、随雲は城を去ろうとした。
が。
城に入ろうと、こちらに歩いてくる二人組があった。
青年と少女。
二人の年の頃はそれぞれ、青年が二十歳を過ぎたくらい、少女が十か十一か。
青年は、灰色の着物を優美に着こなして、深い緑色の羽織をその上にかけている。身長は一七〇センチほどだろうか。ややくせ毛な長い髪は後ろで束ねられている。柔和で整った顔立ちをした青年である。
そして少女は、薄紅色の着物に身を包み、おかっぱ頭に梅の髪留めをしていた。顔には明るい笑顔を浮かべている。
――あの二人は……?
随雲が気に掛かって二人を見ると、少女が大きく手をあげた。
「こんにちは!」
「今お帰りでしょうか」
挨拶代わりに青年にそう聞かれて、随雲は微笑でうなずく。
「ええ。ちょうど」
「姫は富郷梅乃といいます」
「私は鷹不二桃理です」
自らを姫という少女ウメノと、トウリと名乗った青年。二人に挨拶され、随雲は合点がいく。
――なるほど。この顔はやはり……。
小さく会釈して、随雲も名乗った。
「易者の随雲と申します。晴和王国中の人相を見て旅をしている者です。ただいま、こちらのお殿様の人相を見させていただきました」
「そうでしたか」
「よい殿を持ちましたな。天下を取れる器量がございました。どこまでも輝き渡り、多くの民に慕われる相です。しかし……」
「しかし?」
トウリが聞き返すと、随雲はややはにかむように言った。
「とてもじゃないが尋常の人の頭脳じゃないためか、危なっかしくて心配もありました。この城には人材傑物はいるが、あれほどの大天才を支える『宰相の器』を持つ人の姿も見えず、せっかくの奇相に出会えた喜び半分、不安が半分でございました」
「あはは」
と、トウリはおかしそうに穏やかに、そして上品に笑った。
「しかし、それも杞憂だったようで。それより、あなたの人相はどうも今まで見たこともない」
「トウリさまは大丈夫なのでしょうか?」
ウメノが不安そうに随雲を見上げる。
随雲は優しくうなずいてみせた。
「大丈夫。不思議なほどに薄く、なにも人相に出ないようでいて、どこにも不安がない相です。いや、こんなめずらしい相があったものか」
「それでしたらよかったです! 随雲さま! 姫の人相はいかがでしょうか?」
「ええ。あなたも大丈夫の相です」
「ありがとうございます! 姫はほっとしました!」
トウリは小さく会釈する。
「私たちの人相まで見ていただきすみません。ありがとうございました。では、失礼致します」
「またお会いしましょう!」
ぺこりとウメノも頭を下げる。
慈悲深い微笑で随雲も会釈を返した。
「いいえ。こちらもおもしろいものを見せていただきました。ああ、それと。このあと、あなた方にとってよき出会いもあると人相にあります。それは、どこか高貴な少女かもしれません。それでは。また」
随雲は西へと向かい、すたすたと歩いてゆく。うれしさを滲ませ、ぽつりとつぶやいた。
「こんな二人に会えるとは、わからないものだ。あの二人と、あの日の少年と――これからの時代は、彼らが中心になっていくのだろうか」
『易者』幾老随雲の背中を見送ったトウリは、隣のウメノに言った。
「支度を済ませたら、明日にも王都へ行こうか」
「はい、トウリさま。姫は楽しみです。よき出会い、期待せずにはいられません」
ふふ、とトウリは微笑んだ。
「そうだね。だれに会えるかな……」




