16 『情報の網』
晴和王国、洛西ノ宮。
『古都』と呼ばれる美しき都に、茶人が集まっていた。
茶会というもので、今回参加しているのは十人ほど。
どこかの家で抱えられている茶人もいれば、茶の道を教える芸術の伝道師として弟子を持ち気ままに暮らしている者もいる。
辻本恒は、武賀ノ国に仕える茶人だった。
『茶聖』と評される著名人でもあり、この場を取りまとめている存在でもある。
四十代前半としては、やや軽やかな印象を受けるかもしれない。この世界・この時代の四十代前半といえば、サツキのいた世界と時代での五十代半ばくらいの年齢感だが、魔力によって肉体の健康や筋力の維持がされるため、大人になってからの若々しく過ごせる期間が長いともいえる。
ヒサシの軽やかさは、落ち着いた佇まいに反する弁舌の流麗さから来るものであろう。
「みなさん、お集まりいただきありがとうございました。楽しい会になりました。またボクの道楽に付き合ってくれるとうれしいです」
すらすらとしゃべり、会は終わった。
茶室を出て、町に繰り出す。
ヒサシが歩いていると、見慣れた顔があった。
現在、七月も半ばとなった。
それなのにマフラーを巻いている。
暑くないのか気になるところだが、季節問わずにマフラーをしている者も中にいて、目の前の人物が身につけているものはラジエーターになっている。魔法道具であった。
「やあ。サクノシンくん」
「これはこれはどうも。ヒサシさんでございましたか。奇遇なことで」
名を、保呂利作之進という。
サクノシンは三十代前半、鷹不二氏の御伽衆としてヒサシとは同僚といったところである。
御伽衆とは、御伽噺を聞かせる人のことであり、その御伽噺の意味は退屈を慰めるのに話されるお話を指す。御伽衆はこれを主君に聞かせ、話題は武将らの戦話、日常のこと、怪異談まで多岐に渡る。
現在も晴和王国では一つの職業であり、サクノシンはオウシお抱えの話し手として、話のタネを探しに旅をしていた。
「わたくし、ちょうどこの古都にておもしろいネタはないものかとふらふらしておりましたが、ヒサシさんもでございますか?」
「そうなんだよねえ。これが。ボクは茶人だからいろんな会にも招待されるし、張った糸にかかるだけでも収穫は上々なんだけどさ、自分でも会を開かないと得られないものもあるからさ」
この二人、どちらもしゃべりが得意な饒舌で、話はよく弾む。
ヒサシが『茶聖』のほか『便利屋』や『鷹不二の御意見番』と呼ばれるのに対して、サクノシンは『舌鋒の話し手』。
話すことだけならサクノシンのほうが舌も回る。
頭も回る双方だが、サクノシンもヒサシの言う意図がわかりニタニタ笑う。
「わざわざ茶会なんかしてまで情報収集とは、大変でございますねえ」
「それが楽しいんじゃない」
「茶人というのはクモのような。恐ろしい」
「クモってあの?」
と、ヒサシは空を見上げる。
サクノシンは顔立ちこそすっきりしているが、そこには常に諧謔的な妖しい微笑がある。他人におもねるような卑屈さはなく、ただ何事をも揶揄するような偏屈さだった。
「ご冗談を。それは表向きの印象でございましょう。人畜無害にぷかぷかと俗世から浮いているように見えて、その本質は情報線という糸を無数に張り巡らせた毒グモ。あら楽しやと獲物がかかるのを待つ静かな狩人というのでございますから、見上げた存在に違いはありませんが」
「上手いこと言うねえ」
軽薄そうに苦笑するヒサシに、サクノシンは語る。
「茶という道を、だれかに教える。教えるとその相手に糸が張られる。茶を嗜むことで交流を持っても、糸が張られる。茶会もそうでございます。茶器の贈り合いもそうでございます。そうやって無数に糸が張られると、糸は情報という獲物を捕らえる網となり、この情報網には勝手に獲物がかかってゆく。国に抱えられる茶人たちの茶会とは、その網を張り合う毒グモ同士の交遊録。茶の普及はよいものでございますね」
「黄崎ノ国のスイセンさんなんかは、手強いんだよ。なかなか情報をうまく統制してるからさ。そこへいくと、忍者みたいに各地を巡って隠密に情報を集めてるサクノシンくんには敵わないなあ」
褒められてもサクノシンは誇らず謙遜してゆく。
「なんの敵わないことがございましょう。わたくしが忍者と変わらないのは言い得て妙でございますが、ヒサシさんは囲碁や将棋もお得意で、そちらにも糸を張り網をつくっておいでなのですから、都会に森林、水の中と自在に網をもうける姿に頭も上がりません」
ヒサシは照れたように手を振った。
「やめてよぉ。ボクをハンターみたいに言うのは。恥ずかしいなあ。でもさ、トウリくんは偉いよね」
「ええ、トウリさん」
「そう。ボクの情報網の仕掛けにも気づいて、ボクを鷹不二に勧誘してさ、今度は将棋の『名人』海老川智寛さんに指南してもらってるらしいよ。まだ二回しか顔を合わせたことはないみたいだけどね」
「ほうほう。それはいいことでございます」
「ボク気になったんだけど、トウリくんが言うには『名人』の娘は旅立ったんだって。お隣、『幻の将軍』の娘もいっしょに。四月の九日だったかな。なんだか意味があると思わない?」
「これはこれは。ちょうどよいときに噂が入りましたもので。わたくしも、同じく四月九日に『万能の天才』が王都を旅立ったと聞いてから、ほかにも情報を集めていたところ、鳶隠ノ里の『無敵の忍者』も旅立ったとか。同じくらいの時期に。そして、浦浜にて『万能の天才』の目撃情報もあったとか」
「なにかが、ありそうだよねえ」
「ある、と言って間違いないでしょう。しかしなにもわからない。それが情報屋の限界でございます。『万能の天才』を浦浜で見かけた人間も、それをかのお方と知っている上でしゃべってはない、とまあこういう曖昧さなわけで。常人が考えても仕方ないことです」
「そうなんだよね。つまらないなあ、ボクみたいな普通の人間は。なんにも知らないしわからない。大将にそっと吹き込んでみようかな」
ふふふ、とサクノシンはおかしそうに笑った。
「あのお方なら、たちまちのうちになにかの情報がつながって、導き出すものがありましょう。同じく、少しだけ時間はかかろうと、トウリ様も」
「ね、トウリくんも普通じゃないから。トウリくんは自分は普通だって言ってるけど、大将と双子に生まれただけでも特殊だもんね」
「トウリ様は影の存在といいますか、縁の下の力持ちといいますか、あのオウシ様の補佐役でございますからねえ。並の人間ではございますまい」
「そのトウリくん、今は剣士を探して照花ノ国に行ってるんだけど、知ってた?」
「小耳には挟んでいましたが、無駄足というものでございましょう。オウシ様の探すその剣士は特別な剣士、今日わたくしが仕入れた情報を統合して吟味しますと、照花ノ国で出会えるのは例の少年剣士ではありませんから」
「そっか。まあ、それじゃあボクはお土産を楽しみに帰ろうかな」
「わたくしはもうしばし、旅をしてみます。オウシ様並びにトウリ様にもよろしくお伝えくださいますように」
「うん。じゃあ気をつけてね。健闘を祈るよ」
うやうやしく頭を下げ、サクノシンは町に消えていった。
ヒサシも歩き出す。
「茶会より楽しかったなあ。話を聞いてるだけでおもしろい。さすがにおしゃべりがお仕事の人は違うねえ」
『舌鋒の話し手』こと保呂利作之進は、元々は刀の鞘をつくっていた鞘師の家系であり、それが旧戦国時代に御伽衆になったもので、このサクノシンの先祖が今の落語家の始まりとも言われている。
「ほんと、大将のそばはいろんな人がいて飽きないよ」
外から見れば、鷹不二氏に仕える人間たちの中でひときわ変わり種に思われているヒサシだが、本人からすればオウシとトウリを取り囲む人間たちも相当おもしろいものだった。
「トウリくん、今頃どんな剣士に会ってるかなあ」




