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12 『夕闇の寄り道』

 ヒナはチナミとナズナを連れて歩いていた。


「せっかくガンダスまで来たんだから、ちょっとくらい観光しないとよね」

「どこに行くつもりですか? 夕飯が遅くなってしまいますよ」


 チナミにじっとりした目で聞かれるが、ヒナは朗々と答える。


「別に立ち寄ろうっていうんじゃないのよ。ただ、外観を見て回ろうって思ってさ。モスクが有名よね?」

「ハジャーラモスクですか」

「そうそれ」

「ちょっと見たら帰りますからね」

「もうチナミちゃん、保護者みたいなこと言わないでよ」


 二人がしゃべっている横で、ナズナは別のほうへ視線をやっていた。チナミが気づいて聞く。


「どうしたの? ナズナ」

「なんか……暗いなって……あっち」


 チナミもそちらを見て言った。


「あっちはスラム街だからだと思う」

「大きな都市だけに、いろんな面があるのよ。スラム街と言えば、イストリア王国のスラム街から出た、ものすごい盗賊がいるって知ってる?」


 ヒナが話題を変える。

 ナズナは小首をかしげ、チナミは思い出したようにつぶやく。


「『ASTRA(アストラ)』ですか」

「ピンポーン! 『()(れい)なる(だい)(とう)(ぞく)時之羽恋(ジーノ・ヴァレン)が率いてる盗賊団。すごいカリスマで世界中に手下がいるとかって話よ。聞いたところでは四千人以上だったかな」

「世界中にいる手下を、どう束ねるんですかね。ワープでもできれば別でしょうが」

「ねー。しかも、そのヴァレンって人はすごく美形でまだ二十代半ばの若さっていうから驚きよね。『()()(しん)』とも呼ばれているのよ。それでイストリアン・マフィアと渡り合って不可侵協定を結んでるんだもん」

「詳しいね、ヒナちゃん」


 ナズナが感心すると、ヒナは胸を反らす。


「まあね。あたしのお父さん、仕事でイストリア王国にいることも多かったから。でも、『ASTRA(アストラ)』に関わることは死を意味するって言われてるから、関わっちゃダメだよ」

「う、うん」

「よし。て言っても、その手下ってのが世界中どこにどう潜んでるかわからないわけだし、ケンカ売ったりしなければ大丈夫だよ、きっと」


 チナミが遠くを指差した。


「しゃべっているうちに見えてきましたよ。ハジャーラモスク」

「ほんとだ! 綺麗!」

「白くていいね」


 ヒナとナズナはうっとりと見とれている。チナミもふんふんとうなずき、よく見ておいた。

 全体が真っ白に染まった清らかなモスクで、タージマハルのような丸みのあるデザインになる。


「あたしは『()(がく)(もう)()』として宗教は信仰しない主義だけど、ああいうところへ行く人は立派よね」


 とヒナが言って、チナミがそれをジト目で見る。

 そのとき、モスクからカップルが出てきた。


「何度行ってもいいもんだよな」

「そうね。なんだか心が洗われた気がするわ」


 男女は、『ガンダスの歌って踊る大泥棒(ムービースター)』アジタとサーミヤと名乗った泥棒カップルで、ガンダスに到着してすぐ、いっしょにダンスをさせられ、最後にはサツキにヴィナージャのキーホルダーをくれたコンビに違いなかった。


「げっ。あんなのが参拝してたの……?」


 苦い顔になるヒナ。

 アジタとサーミヤは続ける。


「神様に頼んだことだし、今度の泥棒もきっと成功するな」

「当たり前よ。心まで美しくなったあたしらに不可能はないわ」

「たくさんの困ってる人を幸せにしてやろうぜ」

「貧しい人たちを笑顔にしてこそのあたしたち『ガンダスの歌って踊る大泥棒(ムービースター)』だもんね」

「さっそく、シャハルバードって人のところへ行かないとだ」

「急ぎましょ」


 二人がヒナたちがいるほうへと走り出したので、ヒナは慌ててチナミとナズナの肩を抱いて背中を向けさせた。むろん、自分も背を向ける。

 通り過ぎたのを確認して、ヒナはぼやく。


「なんなのよ、あいつら。神様に泥棒の成功を祈るなんて、どうかしてるわ」

「何度行ってもいいと言ってましたが、観光気分なんでしょうね」


 チナミも呆れかえっている。

 ナズナが二人に呼びかける。


「遠くまで、来ちゃったし……そろそろ、行こう? 騎士の人に、見つかる前に……」

「うっ!」


 ヒナは身をすくませた。うさぎの耳もピクッと跳ねる。

 次の瞬間、ナズナの背後で声がした。


「見つけたわ! 士衛組ね!」

「警戒するの忘れてた。人も多い場所だから余計気づけなかったわ。ごめん、二人共」


 そう言って、ヒナは振り返る。

 年は三十歳くらい。口を覆った布にアルブレア王国騎士のマークが入っていた。しかし、騎士とは思えぬ軽装、身体のラインもしなやかでスタイルもいい。変わった女騎士だった。


「あんた、アルブレア王国騎士?」

「ええ、そうよ。ワタシは『()(げん)()(どう)(いき)友水京山(ユーミー・ケーザン)。確か、あなたは……」


 とヒナの顔を見て、それからチナミとナズナに視線を移す。


「『(てん)(くう)(うた)(ひめ)(おと)()(なずな)と『(ちい)さな()(ごと)(にん)()()(かわ)()(なみ)だったわね」

「無視すんな! あたしはないの? そういう二つ名みたいなのって」

「悪いけど、あなたがだれなのかわからないわ。データは浦浜までだから。もしあなたも仲間だっていうのなら、覚悟なさい」


 ケーザンは宣戦布告すると、不思議なポーズを決めた。だが、構えは戦闘にふさわしいものには見えない。

 膝をつき、頭を地面につけ、背中で手の指を組み、そのまま腕を伸ばしたポーズになる。


「ウサギのポーズ。あるいは、シャシャンカーサナ!」

「な、なに……? この人……」


 だが、ナズナをおびえさせるには充分な効果があった。

 チナミが巻物をくわえる。免許皆伝の巻物。くノ一の姿になり、忍術が使える巻物である。足下から順番に変身していき、最後に髪型が変わって額当てが装着される。するとすぐ、扇子を舞わせた。


「《(はや)()》」

「猫のポーズ伸び」


 一瞬のうちに、ケーザンのポーズは変わっており、チナミが起こした突風を見事にかわしている。


「言ったでしょう? ワタシは『無限の駆動域』、どんな攻撃も避けられるの」


 ――こいつらを始末すれば、評価を得られ、ワタシはアルブレア王国に帰れる。たぶん。こいつらに恨みはないけど、手加減なしでいくわよ。


「《(からす)(ばり)》」


 続けてチナミがクナイを投げる。フウサイに教わった忍術である。

 しかしこれも、


「カラスのポーズ」


 さらりと避けられてしまった。

 チナミがナズナに言った。


「ナズナ、超音波」

「うん。あー……っ……」


 ナズナは超音波を発しようとするが、喉を押さえる。


「ご、ごめん。さっき食べたカレーが、辛くて……」

「仕方ないわね、あたしとチナミちゃんでやるわよ」


 ヒナが逆刃刀『(げん)(げつ)』を抜刀した。


「見せてあげる。あたしだって戦えるんだから」

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