11 『智恵の神様』
「よし。出発だ」
ガンダスの商人シャハルバードが言った。
「はい」
リラは、この『船乗り』シャハルバードたちと行動を共にしていた。
もちろん、晴和王国からいっしょにいるキミヨシとトオルの二人もだが、ちょうどこれから出発しようというとき。
声がかかった。
「おもしろいや。これ、見てもいいかな?」
「かわいいねー」
サンバイザーをかぶった男女の二人組で、晴和人らしい。年は十代の半ばから後半にかけてといったところだろうか。まだ少年と少女と言ってもいい。
おそらく二人はリラに聞いたのだが、自分が売っているものではないので、シャハルバードを振り返る。
「ああ。構わないよ」
シャハルバードはにこやかに言った。この『千客万来の港湾都市』では文字通り客の来訪は大歓迎なのである。
「ありがとうございます」
と、二人は声をそろえた。
なぜかすごく親しみやすい二人だったから、リラは思わず自分からしゃべりかけていた。
「もしかして、晴和王国の方ですか?」
「そうだよ。ボクはアキ」
「アタシはエミだよ。よろしくね」
「キミは?」
アキに聞かれ、リラは名乗った。
「わたくしはリラといいます」
「我が輩はキミヨシだなも。こっちはトオル」
「どうも」
リラとキミヨシとトオルが名乗ると、続けてシャハルバードたちも自分の名前を名乗った。
「ワタシはシャハルバードだ」
「オレはクリフ」
「おいらはアリってんだ」
「アタシはナディラザード。シャハルバードはアタシの兄さんよ」
挨拶を交わし合うや、アキとエミがぐっと身を乗り出してリラの顔をまじまじと見つめる。
「リラちゃん、ボクらと会ったことあった?」
「どこかで見たような気がするんだよねぇ」
二人が目を丸くしたり細めたり、何度かまばたきしてみたりしているのがおかしくて、リラは笑ってしまう。
「ふふ。いいえ。ありませんわ」
「そっか」
「勘違いか」
アキとエミは素直に納得して、リラといっしょになって「あははは」と楽しそうに笑った。
実際、王都でリラはこの二人を見かけている。トウリとウメノに出会う直前に見かけただけだから、覚えていなくても当然だった。
しかし、二人はじっとリラの目を見つめる。
そっと、エミが問いかけた。
「リラちゃん、なにかわからないけど、焦ってる?」
「え?」
隠していた心を見透かされた気分である。長い西遊譚を越えて、やっと辿り着いたガンダス共和国でも、逢いたい人たちの影もつかめない。そんな焦りを見抜いたように、アキがふわりと言った。
「大丈夫だよ。そんな気がするんだ」
「うん。リラちゃんはたぶん、みんなに愛される子だから」
「わたくし、姉を探してるんです……」
不安げにつぶやくリラに、アキは大きくうなずいてみせた。
「そっか、じゃあきっと会えるね」
「だから焦らないで。さみしくなったら、アタシたちが会いに来るからさ」
「はい。ありがとうございます」
リラの笑顔を見ると、アキとエミはうれしそうに微笑んだ。
二人は屋台の品に視線を戻した。
「あ、そうだ。これ気になってるんだよ」
「どうやって使うの?」
着目しているのは、ゾウのキーホルダーだった。
「それはヴィナージャよ。アタシが作ったんだから」
ナディラザードが胸を反らして得意そうにするが、アキとエミにはピンと来ていない。
「ヴィナージャ?」
「って、なんですか?」
これは少年アリが説明してくれる。
「ガンダスの神話に登場する神様さ。おいらだって詳しいわけじゃないけど、すごい神様なんだよ? なんたって、智恵の神様で商売繁盛の神様なんだからね」
「それじゃあちょっとわかりにくいでしょ」
と、ナディラザードがつっこみ、
「ゾウはガンダスでは神聖な動物だからヴィナージャは頭がゾウになっているの。マントラっていう魔法みたいなものを使って、あらゆる障害を取り除き、富を生むと言われているわ。そして、商業を実らせる。智恵を司るから学問の上達にもよいとされているのよ」
「キミたちみたいなカップルがさっきも買って行ってくれたよ」
シャハルバードがそう言うと、アキとエミは手を上げた。
「買います」
「ください」
「まいど。ありがとね。我ながらよくできてると思ってるんだから」
ナディラザードがうれしそうに小さな紙袋にキーホルダーを入れて、アキとエミに手渡した。
「いいもの買っちゃったぁ」
エミがニコニコして、アキが手を振る。
「じゃあボクらはこの辺で。また会えたら会おうね」
「ごきげんよーう!」
軽やかに二人は屋台から離れて行った。
リラがナディラザードに微笑みかける。
「よかったですね、また売れて」
「あの子たち、見る目があるわね」
ナディラザードはご機嫌だった。
アリも「姐さん、今日はめずらしく売れてご機嫌だよ。魔法を使ってもないのにこんな売れるなんてすごいことなのさ」とリラたちにささやく。
シャハルバードが一同に呼びかける。
「さあ。今度こそ出発しようじゃないか」
「そうだなもね」
七人は、屋台を片づけ馬車に積む。
リラはふと足を止めて、アキとエミが去って行った方向を見やる。
「そういえば、アキさんとエミさんはリラの顔がだれと重なったのかしら……」




