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25 『課-科-囮 ~ The Command Intention ~』

 六月十五日。

(けん)(せい)()(がき)(まさ)(みね)の指導の下、外でサツキとクコが剣を振っていた。

 マサミネが言った。


「そこまで。うん、二人共かなり美しく振れているよ」

「ありがとうございます! マサミネさんのご指導のおかげです」

「今日もお疲れ様でした。ありがとうございました」


 クコとサツキが順にお礼を述べると、マサミネは柔らかく笑った。


「いいさ。ワタシも退屈せずに船旅ができているからな」

「あの。マサミネさんは、どうしてガンダス共和国へ行かれるんですか?」


 ずっと気になっていたことをクコが尋ねる。


「たいした理由はない。ワタシは知っての通り、一人の剣術家だ。しかし国内に戦うべき相手も多くないこともあって、外に出ることにした。晴和王国最強の剣士にして『(よん)(しょう)』の一人でもある人にはまだ敵わないこともわかっているし、外で腕を磨くことが目的になる。だから、ガンダスに着いたら、そこから三年ほどかけて世界中を回りたいと思っているんだ」

「そうでしたか。志が高くて素晴らしいことですね」

「それほどでもないさ。クコくんとサツキくんはどうして旅を?」


 今度はマサミネに聞かれる。


「わたしたちは取り戻したいものがあって旅をしています。詳しいことは言えませんが、そのためには力が必要なんです」

「そうか。二人共、頑張りたまえ。ではまた明日」

「はい。お疲れ様でした」

「明日もよろしくお願いします」


 クコとサツキが挨拶して、部屋に戻ることにした。


「サツキ様。このあと食堂に行きませんか?」

「お昼時だしな」

「はい。それに、新聞にも目を通しておきたいです」


 クコが空を見ると、船に新聞を届けた伝書鳩が飛んでいくところだった。

 毎日、決まった時間に新聞を届けてくれるのである。

 だいたいお昼前に届き、船員が受け取って、船長を含めた船員たちが異常のありなしを見、その後食堂に置かれることになる。

 次の港に到着するまでバックナンバーを捨てることもないから、出航した前日の新聞から今日までの新聞がすべて見られるようになっていた。

 二人は部屋に戻って着替えると、ルカもいっしょに三人で食堂に行った。

 食堂では、バンジョーがすっかり他の料理人に交じって厨房で料理を作ってくれているのが見えた。スタッフとも打ち解けて仲間扱いされている。


「おう。おまえらも来たか。しっかり食ってけよ」

「はい。バンジョーさん、精が出ますね」


 それにはクコも慣れてしまっているが、サツキとルカはよくやるものだと思ってしまう。

 新聞は、今はだれも読んでいなかった。

 サツキを挟んでクコとルカが左右に座り、新聞を読む。反対側にはいつの間にかヒナとチナミとナズナも来た。


「へえ。浦浜はすっかり統治もできてるみたいね」

「武賀ノ国の領土になってから二ヶ月ですか」


 ヒナとチナミがその記事を反対側から読み、サツキが隣のページをうかがう。


「男四人と女一人が、黎之国の(せい)(あん)から逃亡……」

「五人は西へ向かっているみたいね。サツキ、なにか気になるの?」


 ルカが聞くが、サツキは表情を変えることなく答える。


「五人が目指すと言っているらしい(れん)(じく)とはどこかと思ってな」

「そういえば、サツキ様にはまだ話していませんでしたね。蓮竺は(れい)(へい)(すう)の三国で使われる別称で、ガンダス共和国のことです」


 すらすらとクコが説明してくれた。


「ナズナ、どうした?」


 わずかなナズナの表情の変化に気づいたサツキが問うと、


「黎之国の清安から……蓮竺までは、妖怪がいっぱい出るって、聞いたことがあります……」


 不安そうに言った。


「そうなのか。まあ、気にすることはないさ。俺たちは俺たちの修業を頑張ろう」

「は、はい」


 サツキに言われて、ナズナは少し安心した様子だった。


「ちょっと見せて」


 ヒナがサツキから新聞を受け取り、ページをめくってざっと目を通してゆく。

 ルカは、もう新聞への関心もなくなり、《お取り寄せ》の魔法で本を取り出して、読書を始めた。

 チラッとヒナがルカの本の表紙を見て、


「『懺悔の部屋』? うわ、趣味の悪そうな本」

「いいでしょ、別に。私はなんでも読むけど、探偵小説も好きなのよ」

「て、ああ、(なつ)()(がわ)(のぶ)(よし)か。ふーん」


 この世界の小説界隈のことなど知らないサツキが「……?」と小首をかしげると、チナミがサツキを見上げてそっと教えてくれる。


「サツキさん。その先生は最近知名度を上げてきている探偵作家です」

「なるほど」

「ヒナさんもこの前、この先生の本を読んでました」

「へえ」

「ちょっとチナミちゃん! 言わないでよ!」


 ヒナは新聞でみんなから顔を隠すようにして、ぺらぺらっとページをめくりながらつぶやく。


「ま、今日も特になにもないってことね。この船旅もあと一ヶ月。船を降りたらあたしたちも天体の研究よ、サツキ」


 こっそり顔を覗かせて、ヒナはサツキをにらむ。


「うむ。そうだな」


 ルカがヒナを一瞥し、


「随分とうれしそうに言うのね」

「べ、別にそんなんじゃないわよ!」


 また二人が言い合っているので、サツキはすっと身を下げて、天井を見上げる。


「あと一ヶ月か……頑張らないとな」


 ふと、ミナトの顔が浮かぶ。

 どうにかして、船旅の間にちょっとでもミナトに追いつきたい。そんな想いのせいだろうか。

 サツキは立ち上がった。


「俺はミナトと修業してくる」

「はい。頑張ってください」


 クコが笑顔で見送り、サツキはミナトの元へと向かった。




 この海上よりはるか北。

 (へい)(てい)(ざん)という山に差しかかったリラたちは、()(すい)(こつ)との戦いのあとも妖怪に何度か遭遇した。

 しかしこれまでよりもその頻度は下がっている。

 リラは『(くん)()(せん)(しょう)(ほう)()に言った。


「ここを越えたら、蓮竺までもう少しなんでしたね」

「ええ。といっても、あとひと月近くはかかるでしょうか」


 現在、六月十五日。

 旅が始まって、もう二ヶ月が経過していた。

 (れい)(りん)()と出会って以降、妖怪との戦いこそ多かったが、これまで順調に進んで来られている。


「あの(とう)(とう)さんが探しているらしいが、ここまで来ればもうすぐあの人の管理下――つまり黎之国を出るだなも」

「そうだな。追っ手さえオレたちがどこにいるか全然わかってない始末だしな。目下、オレたちの敵は妖怪って感じか」

「妖怪はこりごりだっちゃ。ああ、でも、あの比水骨さんはかわいそうだったっちゃ」


(たい)(よう)()』キミヨシ、『(ちん)(もく)(げき)(りん)』トオル、『(みず)(せん)()豚白白(とんぱいぱい)がしゃべる。最後の豚白白の言葉をキミヨシはとがめた。


「なにを言うだなもか! あれは厄介な妖怪だっただなもよ? 仙晶さま、豚白白くんをちょっと懲らしめる必要があるだなも」

「そこまでしなくても」


 と、リラは仲裁しようとする。


「懲らしめると言ってもどうするつもりですか」


 仙晶法師に言われるや、キミヨシは得意げに声を落として言った。


「ここ一週間ほど、我が輩たちをつけ回している妖怪がいるようだなも」

「えぇ、妖怪がいるだっちゃ!?」


 豚白白が横で驚いた顔になる。


「それも二人。そいつらは今、この先に移動したみたいだなもね」

「それで?」

「豚白白くんを偵察に行かせてみたらいいだなも」

「おいら、怖いだっちゃ」

「なぜ偵察に行かせると懲らしめることになるのです?」

「そうだっちゃ」


 淡々と尋ねる仙晶法師と怖がる素振りを見せる豚白白に、キミヨシはにこっと微笑んだまま言う。


「仙晶さまもお人が悪い」

「あなたは私のことをお人好しと言ったりお人が悪いと言ったり」

「さ、豚白白くん。仙晶さまの許可も下りただなも。行っておいで。偵察頑張ってちょうだいね!」

「え、おいら……」


 冷静に話を聞いていた仙晶法師とトオルは、顔を見合わせ、うなずき合った。


「わかりました。そこまで言うならおゆきなさい」

「偵察は危険が伴う。そういうことだ」

「え、おいらなにも言ってなんか……」

「あの……わたくしも行きましょうか?」


 リラが申し出ると、


「ありがとうだっちゃ。じゃあいっしょに……」


 豚白白が言いかけたところで、


「さ」

「もちろんひとりだなも」

「気張ってけよ、『水の戦士』」


 と、仙晶法師とキミヨシとトオルに背中を押され、豚白白はたったひとりで妖怪の偵察に行くことになった。

 豚白白の背中が小さくなったところで、キミヨシが髪の毛を一本抜いて、ふぅっと吹いた。


「《太陽ノ子》」


 髪の毛がキミヨシとそっくりそのまま同じ姿形になると、『親』のキミヨシと『子』のキミヨシがうなずき合い、『子』が物陰に隠れながら豚白白のあとを追っていった。

 その間にも、リラが問うていた。


「かわいそうではありませんか?」

「いいのです。彼はわかって(おとり)になってくれたのですよ」

「そうだぜ。オレが妖怪二人組の気配に気づいたのは三日前だ。キミヨシは比水骨との戦いのあとには気づいていたようだが、オレたちは気づかないフリをして旅を続けてきた」


 仙晶法師とトオルの言葉に、リラは驚くばかりである。


「そうだったのですか」

「私も気づいたのは昨日です。嗅覚の鋭い豚白白さんも気づいているに違いありません。しかし気づかぬフリをすることによって、妖怪二人組を油断させていました。咄嗟にあのような演技をするほどです、豚白白さんも準備はできているようですね。逆に、私たちがこれを機に奇襲を仕掛けてくることを妖怪二人組は読めません。そこが付け目ということでしょう。そうですね? キミヨシさん」


 我が『子』を送り出した『親』のキミヨシが明るく笑った。


「その通り。我が輩の観察したところでは、ちょっとおかしな武器があるだなもね。それが気になっているだなも。だから、リラちゃんには今のうちに《真実ノ絵(リアルアーツ)》で作っておいて欲しいものがあるだなもよ」

「わかりました。それで、その物とは……?」


 四人が相談をして戦略を立てる。

 そして、キミヨシの分身体が偵察から帰って来た。


「おかえりだなも」

「ただいまだなも」

「さあ、報告を聞かせてもらおうだなも」


『親』のキミヨシが『子』のキミヨシの頭に手をやり、ジュルッと吸い込む。

 出発は、キミヨシを中心に状況を整理して作戦を立ててからである。豚白白が出て行ってからわずか十分後だった。

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