22 『麗-冷-霊 ~ Body Exchange To Dummy ~』
「アイヤっ!」
キミヨシの《如意棒》で突かれ、岩肌に背を打ちつける老婆。それを見て豚白白は慌てた。
「なにするだっちゃ! 比水骨さんの……」
「たりゃああああ!」
さらに《如意棒》を振り回すキミヨシの攻撃を、老婆は避けることなく、首をもたげたまま受ける。《如意棒》は老婆の肩を叩く。
どさっと倒れた老婆を見て、キミヨシは怪しむ。
「またあのお札……あれはいったい……」
老婆の服にもお札が貼られていた。
「文字が書いてありますね」
リラはトオルに言う。
お札には、
『半冷凍』
という文字がある。
キミヨシが仙晶法師に報告していたのと同じである。
「だな。凍らせる効果があるとすれば、その意味は……」
考えるトオルの視界に、ひっくり返って死んでいる虫がいた。カナブンが死んでいる。
が。
不意に、カナブンが動き出した。羽を動かし、身体を起き上がらせ、どこかへ飛んで行く。
豚白白が老婆に駆け寄る。
「わわわ、おばあさんが死んでるっちゃ! またキミヨシくんが人を殺したっちゃぁ」
嘆く豚白白。
トオルはキミヨシの横に来て、肩に手を置き、そっとささやく。
「あのカナブンを《如意棒》で叩いてくれ」
「ん? なにかわかっただなもね。了解だなも。伸びろ《如意棒》ッ!」
《如意棒》を伸ばしてカナブンを叩く。
すると、カナブンは打たれるや即死したように飛ぶことをやめて落下してゆく。
――さて。どこだ。
目を皿のようにしてトオルが周囲を観察する。
しかし予想したような変化は起きない。
「トオル。どうだなも?」
「もしかしたら、オレの勘違いだったかもな。行くぞ」
「そうだなもか」
仙晶法師もうなずき、「行きましょうか」と声をかけて一行は出発した。
すぐあと、トオルは仙晶法師に言った。
「あ。オレ靴紐を結ぶから先に行ってください」
「わかりました」
みんなが先に行く。
キミヨシだけはニタニタしており、リラが気になって聞いた。
「どうしたのですか?」
「うきゃきゃ、トオルの靴に紐なんかついてないだなも」
「あ」
「きっと、トオルはなにか気づいただなもね。さあ、次の第三の刺客で片がつくだなもよ」
はい、とリラは答える。
――リラもなにか役に立ちたいけど、できることがない。それがもどかしいわ。
ちらっとキミヨシはリラを横目に見て、
「リラちゃん。魔法を使ってもらうことになるかもしれないだなも。そのときは、意図がわからずとも力を貸してちょうだいね」
リラがキミヨシを見上げると、そこに太陽のような笑顔があった。リラは大きくうなずく。
「もちろんです」
その日の夕暮れ時。
一行がやっと山を下り始めたところで、老爺が木を眺めていた。
豚白白が指差す。
「おじいさんだっちゃ」
「今度は比水骨さんのお父さんだっちゃ、とは言わないだなもね?」
茶化すようにキミヨシが言うと、豚白白は照れたように頭をかく。
「さすがに懲りたっちゃ」
うきゃきゃ、とキミヨシはいっしょになって笑っているが、トオルはジト目で豚白白を見やり、
――嘘つけ。あいつのことだ、これまでも何度も痛い目見てるだろうに。あれで懲りてるようなら、そもそも比水骨を相手にするときもっと注意深くなるはずだろうぜ。
老爺に近づき、仙晶法師が言った。
「どうされましたか?」
「これは、偉いお坊さんですかな。実は道に迷ってまして」
トオルが上から下まで観察して言った。
「目的地は、首羅王の元でいいか? じいさん!」
「たりゃあああああ!」
《月牙移植鏝》は、長い槍状の武器でもあり、先が三日月の形になっている。刺叉のように相手を抑えようとトオルは《月牙移植鏝》を振り、キミヨシは《如意棒》で叩く。
「当たっただなも!」
棒が相手に触れたと同時にキミヨシが声に出した。
老爺は力が抜けたようにばったり倒れた。
「今だ! リラ」
「捕らえるだなも!」
リラは、トオルとキミヨシの指示を受けるや即座に後ろを向いてしゃがむ。足下には、トンボがいた。トンボは動かない。だが、しゃべった。
「なんだこれは! 羽が、動かないわ!」
「確かにトンボは本物だが、羽だけはおもちゃだなも。リラちゃんが《真実ノ絵》の魔法で作った特製品で、元の羽と取りかえておいただなもよ」
さらにリラが作ったビニール袋に入れて密閉した。そのトンボにトオルが呼びかけた。
「おまえの魔法は、死者や物に乗り移って操作するものだな? いや、物は本来おまえの操作範囲にないかもしれない。あのお札には『半冷凍』とあった。素直に読み解けば、お札を貼った物を半冷凍する効果があると思われる。その意図は、肉体を腐らせないためとみた。つまり、おまえは死者の肉体を腐らせずに乗っ取って操るキョンシーってわけだ」
「そうなると、比水骨さんもあのおばあさんも、肉体は死んでいただなもね。そして、あのおじいさんも」
正体を見破られた『死霊』比水骨に、もうなすすべはない。
「そ、そうよ。せっかく気に入ってた美女の肉体を壊しやがって。あのあと老婆や老爺の肉体を使ったが微妙だった。今度はそこの小娘を殺して乗り移ってやろうと思ってたのに」
トンボの複眼でリラをにらみつけながら『死霊』比水骨が告白していくのを聞き、リラはぞっとなった。
「わ、わたくしは、殺されるわけにはまいりません。大事な目的があります。会わなくてはならない人たちがいるんです」
「魂だけで移動して乗り移るなら、どうしてそこを出ないだっちゃ?」
もっともな問いかけに、比水骨――つまりトンボは黙る。
「……」
「オレの予想だが、おまえは一度死体から抜け出たら、そう時間を置かずになにかに宿る必要がある。だからわざわざ、さっきはカナブンになんか乗り移った。魂だけで空でも飛んで行けば楽だろうに、わざわざな。あのあと、オレは隠れて様子を見ていたが、叩き落とされ死んだはずのカナブンがまた空を飛んでこっちへ行った。それで確信したんだ。違うか?」
「くっ! だれに聞いた! この《屍霊法》のことを!」
「ほう。《屍霊法》っていうのか。全部オレの憶測だが?」
「嘘をつけ! 肉体も死者の肉体はただの物体、物と同じ。だが、わたしは死体でないと乗り移っても動けないのだ。くそう、早く出せ! こんな身体はご免だ!」
トンボの尻尾を動かすしかできない比水骨。
「どうせ出ても近くに死体なんぞないだなもよ?」
キミヨシはそう言っているが、比水骨はトンボのままでいるのが嫌でもがく。リラはトンボを手に、仙晶法師に聞いた。
「どうしましょうか」
「殺すのは忍びないですからね。あなたが保管しておきなさい。《取り出す絵本》に入れてね」
「そういうことですか。わかりました」
「保管? 絵本……に、入れる? も、もしやわたしを……」
比水骨がしゃべっている間に、リラは比水骨が封じられたトンボを、《取り出す絵本》にしまった。
「しまえました」
平面のトンボの絵となった比水骨に、トオルがつぶやく。
「気づくのがあと一秒早ければ、そのトンボから魂だけは抜け出せたかもな。まあ抜け出したところで、おまえが宿るような死体はなかったわけだが」
「それ故、彼女も判断が遅れたのでしょう。ご苦労様です」
と仙晶法師が声をかけた。
そこで、キミヨシはトオルとリラの肩を組んで仙晶法師の前に並んで頭を下げた。
「では、我々三人の活躍で妖怪『死霊』比水骨を退治した褒美、有り難く頂戴いたしますだなも」
「今回は三人の活躍。また三人に魔法道具を差し上げると、豚白白さんだけ一つもないことになってしまいます。なにがいいか考えて、後日、四人全員に差し上げましょうか」
「ありがとうございますだなも!」
「やったーだっちゃ!」
「オレまでいいんですか?」
「わたくしも、ほとんどなにもしていません……」
「いいのです。さあ、またいつ妖怪が出るかわかりません。山を下りましょう」
日没前、五人は白虎山を下りて行く。
次に遭遇する妖怪姉妹との対決まで約一週間。
その姉妹は、影から仙晶法師たちを見ていた。
「絶対にこの瓢箪に閉じ込めてやるで」
「そして、どろどろに溶かしてやるわ」
ふふふふ、と二人は声を合わせて笑う。
だが、すぐに二人は口を閉じてささやき合う。
「こら、大きな声出さんといて。あのサルみたいなのがこっち見よったで」
「大丈夫よ。見つかってないわ」
そして、二人はまた「ふふふふ」と笑い合うのであった。




