18 『及-救-吸 ~ Rescue Operation ~』
トオルは、穴を掘っておいた。
いつでも逃げられるよう、ワープ地点を作ったのである。
洞窟の前、トオルがキミヨシにささやく。
「オレはリラを守りながらいっしょに突入する。豚白白が最後尾でいいんだな?」
「だなもよ」
「我が輩たちが先頭を行くだなも」
キミヨシとその分身体が順番に答えた。付き合いの長いトオルでさえ、もはやどちらが本体なのかわからない。
二人のキミヨシを先頭に、五人は洞窟の中へと入ってゆく。
リラは洞窟内を見回す。
――松明が焚かれてるわ。だから暗くはない。でも、そう奥へは行かないはず……。
一分も歩くと、空気が変わった。
――この先にいる。
緊張を高めるリラだが、キミヨシはずんずん先に進む。
相手はすぐに反応した。
「だれだ!」
『半妖』嶺燐児の声である。
二人のキミヨシが駆け出す。
「やあやあやあ!」
「我が輩はキミヨシだなも!」
「さあさあ仙晶さまを返してもらおうか!」
「伸びろーぅ! 《如意棒》ォー!」
仙晶法師と嶺燐児の間に、キミヨシの《如意棒》がビュンと伸びる。身軽な嶺燐児がサッと避け、二人の間に距離ができると、疾走するもう一方のキミヨシが仙晶法師を抱えて、嶺燐児から離れるように飛んだ。
「仙晶さまは返してもらっただなも!」
「おとなしく降参しろだなも!」
トオルとリラは後方から様子を見ていたが、豚白白はすでに攻撃態勢に入っていた。
嶺燐児は悔しそうに吐き捨てる。
「ちっ! 父様と母様の司令を……邪魔するな! れあああああ! 《真火煉丹》!」
目と鼻と口から、炎が噴き出された。
煙は出していない。
瞬間、豚白白が叫んだ。
「このときを待ってただっちゃ! 『水の戦士』の力、見せてやるだっちゃ! 《魔力之泉》! だあああああっちゃああああ!」
豚白白の手のひらから勢いよく水が放出された。
「おいらの魔法《魔力之泉》は、体内に水をため込めるんだっちゃ。その水は魔力に変換できるし、水としても放水できるっちゃ!」
放出した分の水も、魔力に変換して使った分も、いずれも魔力消費になる。見た目では脂肪のように身体についていたものがなくなるので、消費量が増えると身体がしぼんでしまうのである。魔力を使ったり水を体内にためていない状態でも、ふっくらしていることには変わりないのだが。
しかし、嶺燐児はひるむことなく、口から火を吐き出してそれを水とぶつけた。
「な、なんだっちゃ!?」
「火が、消えねえ……」
豚白白とトオルが呆然となる。豚白白は水を出すのも忘れてしまっていた。
《魔力之泉》の水はこの火を消せない。
だから、キミヨシは火に巻き込まれて背中を燃やしていた。
「あちちちち! あっついだなもぉー!」
一人は背中を焼かながら仙晶法師を守り、もう一人はお尻に火がついていた。
「うわっちちちぃだなも!」
お尻を押さえて飛び跳ね、地面にお尻を打ちつけると、さらに自分から地面にお尻をこすりつけて火を消した。
「もう許さないだなもよー!」
「やってやるだなも!」
背中の火を消したもう一人もそう言うと、二人は《如意棒》を手に飛びかかった。
「伸びろ《如意棒》ー!」
「だりゃあ! だなも」
二人が打ちつけるや、嶺燐児は煙を吐き出す。
「れああっ! 《真火煉丹》」
「仙晶さまは渡さないだなも!」
咄嗟に片方が仙晶法師を守り、もう片方は攻撃を担当する。
煙で見えないが、キミヨシは気配のするほうへと攻撃を続けた。
「いて!」
嶺燐児の声を聞いたキミヨシは攻撃の勢いを増して、さらに豪快に《如意棒》を振り回す。
風をビュンビュン切るように《如意棒》が躍動し、
「そこだなもね! たりゃあああ!」
「アイヤっ!」
煙で視界を奪われる中、攻撃がヒットした感触がキミヨシの手にはあった。
「やった! 今のは効いたはずだなも!」
しかし。
「ちぃっ」
リラの耳に舌打ちが聞こえた。
同時に、嶺燐児の肩がリラを突き飛ばし、リラは尻もちをついた。
「後ろ! 逃げました!」
嶺燐児はキミヨシの《如意棒》をくらって頬に傷を作りながらも、大胆にリラの横を通って走り抜けたのだった。捨て身の脱走、まさに転がるように逃げた形である。
「なんだって!」
トオルが遅れて振り返るが、煙で視界が悪い。
慌ててトオルは出口に向かって走り出す。
「待ちやがれ!」
次の瞬間、派手な音と共に洞窟が崩れだした。
「しまった! 出口を爆破されたんだ!」
目の前にあった出口の光が消え、岩と土の幕が下ろされた。壁となって塞がれてしまった。
「やられたぜ」
徐々に視界が戻ってくる。
仙晶法師が手のひらの上に載せている小さな石炭に、煙が吸い込まれている。
隣にいたキミヨシだけは、嶺燐児が煙を吐いた直後から仙晶法師がこうして煙を消しているのを知っていた。
「それはなんだなも?」
「魔法道具《煙吸収石炭》です。煙を吸収してその分だけ石炭を大きくできます。必要な分だけ割って使えますし、分割した二つの石炭それぞれでまた煙を吸収することも可能です」
ここより出口に近い場所で。
トオルを追いかけてきたリラが聞いた。
「嶺燐児さんは……」
「ああ。逃げられた。今から《月牙移植鏝》で穴を作る。外に出たらオレはやつを追うぜ。みんなも穴を使ってあとから出て――」
「待ってください。まずは、仙晶法師さんの意見を聞きませんか? 嶺燐児さんと二人でいたときに、あの子の目的など聞いているかもしれません。必ずしも、戦う必要はないのではないでしょうか」
トオルはふうと息をついた。
「だな。おかげで最優先事項を思い出したぜ。ありがとよ」
「いいえ」
「大事なのは仙晶法師さんだ」
実際、トオルは冷静さを失ってはいなかったし最優先事項がなにかも忘れていなかった。ただ、嶺燐児を捕まえたかったのである。
――リラには悪いが、ヤツとの戦いは避けられない。場合によっては、ヤツの言ってた父親と母親とも戦うことに……まあ、戦いのときが伸びただけだ。逃げられたからには、仙晶法師さんに詳しいことを聞くのが先決だな。
仙晶法師たちがリラとトオルの元までやってくると、トオルは《月牙移植鏝》で地面に穴を作った。
その穴からあらかじめ外に作っておいた穴にワープして、洞窟を脱出する。
二人のキミヨシは固い握手で挨拶する。
「ありがとうだなも」
「お疲れ様だなも」
『親』が『子』の頭に手を置き、『子』が手の中に吸い込まれた。確かに物質が吸い込まれたような感じで、スライムを強力に吸引したイメージに近い。しかし、音もなく跡形もなく、『子』が消えた。リラは『親』が『子』を吸収したところを初めて見た。
「うん、今回、『子』が得られた情報はないだなもね」
トオルは仙晶法師に聞いた。
「で、仙晶法師さん。やつらの目的はなんなんです?」
答えようとする仙晶法師に、トオルは問いを重ねる。
「あいつの両親が、なにか企んでるのでしょう?」




