14 『燈-問-逃 ~ It's A Trick ~』
西の都・清安に、リラたち一行は到着した。
仲間は浦浜で知り合ったキミヨシとトオル、それに黎之国に来てから出会った仙晶法師と豚白白という四人であった。
仙晶法師の生まれ故郷金成寺を出発してから、一ヶ月ほど経った五月の半ばである。
もう五月の十五日になっていた。
大きな都だけあり、人はかなり多かった。土地の広さに比べて人口が集中するかっこうになる晴和王国の天都ノ宮に対して、こちらは都市そのものが広々としている。
リラは道行く人を見るだけでも楽しかった。
「すごいところですね、清安は」
「晴和王国の王都の活気とはまた違った感じだなもね」
キミヨシは明るくのんきに歩いているようでいて、常に視線だけはめまぐるしく動く。
トオルにはそれがわかっており、
「気になることはあったか?」
と聞いてみた。
「いやいや。ないだなもね。たいしたこともない人物が偉そうに歩いているばかり……おや? あれはなかなか」
「ん?」
キミヨシの視線が向かったところには、長身でメガネの青年がいた。
まだ二十代半ばを過ぎたくらいだろうか。
青年は建物の中へと入ってゆく。
「あの建物こそが、燈灯閣下のおわすところですね」
と、仙晶法師が言った。
宮殿である。
立派な建築で、この広大な都市の中でもひときわ大きく、贅を尽くした権力の象徴のようであった。
五人は門番に話し、燈灯に謁見することができた。
燈灯の後ろには、先程のメガネの青年が立っている。
――どうやらあの青年は、参謀かなにかだったみたいだなもね。
キミヨシがにらんだ通り、彼は参謀だった。
「余は、燈灯」
「私は旬溢と申します」
燈灯は、ただいるだけで威圧するほどに目鼻に才気が走った人物だった。中肉中背といったところで、一七三センチ。射抜くような視線の鋭さがあり、リラはあまりその顔を見ることもできず視線を下げてしまう。あだ名も多く、『乱世の奸雄』や『北円の支配者』、『暴君』、『独裁者』など、影で言われるものが大半である。
旬溢は、これも相当に聡明なことがうかがえる怜悧な目を持ち、『王佐の才』と謳われる才子であった。『佐』とは助けるの意味である。
「聞いたことがあるだっちゃ。『独裁者』燈灯が最強の『為政者』たり得るのも『王佐の才』旬溢のおかげって話だっちゃ。あ……!」
つい『独裁者』などと言ってはまずいことを口にしてしまい、豚白白は両手で口元を覆った。
眉を不機嫌に動かし、『独裁者』燈灯は言った。
「仙晶法師殿、ご苦労だったな。して、用があるとな?」
「はい。私はこの四人と西へ参りたいと思っております」
「なに。西へ?」
「どうした訳かと申せば、夢にてお告げを聞いたのであります。世界を平和にする経典が蓮竺にあると言われ、それを信じて西を目指して旅をしたいと思っております」
「ならん。夢の話だろう」
「夢の話ですが、これは私の使命だと確信しております」
「ただの夢を本気にするとは……。国を出ることは許さない。以上。下がれ」
燈灯は言い捨てると、指先を動かして、配下の者に仙晶法師たちを外へと連れ出させた。
宮殿の外に放り出された五人は、途方に暮れることになった。
とりあえず五人は歩き出す。
人の姿も少なくなった道まで来たとき、キミヨシがあっけらかんと言った。
「もうこうなれば、適当に見つからないところから出て行けばいいだなも。この都市も黎之国も広い」
「いいえ。見張りがあり、簡単に外へは出られません」
仙晶法師は、落胆したように言った。
「諦めてしまうのですか?」
リラに心配した顔を向けられ、仙晶法師は首を横に振った。
「まさか。諦めるはずがありません」
「そうこなくちゃだなも」
「おいらはどこまでもお供するだっちゃ」
キミヨシと豚白白は悩みなんてない様子だが、トオルは相変わらずの仏頂面で周囲を見ている。
「どうされましたか?」
そっとリラが聞くと、トオルは小声で言った。
「見られてやがる。オレらが外に出ないか、監視する役目の人間がいるようだな。これは一筋縄では出られないぜ」
「そんな……」
「うそぉ……」
リラと豚白白はそんな気配など察知していなかったが、キミヨシはへらへらと笑って、
「うきゃきゃ、そんなことだろうと思ってただなもよ。ねえ、仙晶さま?」
「ええ。その可能性は充分に考えられます」
「あの燈灯さんは、そんな生ぬるい人ではないだなも。なんせ、噂をすれば燈灯の影ありと言われる御仁。これまで何人もの人たちが燈灯さんを暗殺しようと企むが必ず失敗しているだなも。猜疑心があれだけ強いから、こうして一度目をつけられたら大変だなもね」
大変だなもと言いながら、その言葉に反してキミヨシは悠長である。トオルはそれを見て嘆息した。
「おまえは危機感がないな。ほんと楽観的なやつだぜ」
「まあ、道は探せばどこかにあるはず」
「おや……」
仙晶法師がなにかを見つけた。
木に、吊された少年がいるのである。
「だれかー! 助けてくださーい」
少年は手足を縄で縛られ、吊されたまま身動きが取れずにいた。
「キミヨシさん。あの子を助けてあげなさい」
「うきゃきゃ、ご冗談を!」
「なにが冗談なものですか」
「あいつは『半妖』だなもよ?」
キミヨシが親指で少年を指し示す。リラは「まあ」と驚き、豚白白は「そうは見えないだっちゃ」と目をしばたたかせる。
「あの先のとがった耳、いかにも動けそうな我が輩やトオルより仙晶さまに助けを求める不可解さ。おそらくそうだなも。昔、洛西ノ宮で妖怪をよく見たから雰囲気でわかるだなもよ」
「『半妖』ってことは、半分妖怪ってことだろ? オレには妖気とかわからねえが、やつが臭いことくらいわかる。仙晶法師さん、放っておきましょう」
「なにを言いますか。妖怪であったらというのは、助けたあとに考えればいいことです。私には少年にしか見えません。まずは助けておやりなさい」
「仕方ないだなもね。我が輩、仙晶さまに弟子入りした身。言うことは聞くだなもよ」
『君子』仙晶法師の指示を受け、キミヨシは器用に木をのぼり少年の縄をほどいてやった。
「うわあ」
落下する少年を豚白白が抱き止める。
「ありがとうございます。あの、ボクは嶺燐児と申します」
「大丈夫ですか?」
「お怪我はありませんか?」
仙晶法師とリラに聞かれ、『半妖』嶺燐児は薄く微笑を浮かべて応じる。
「はい。おかげさまで」
「では、お気をつけて」
そのまま送りだそうとする仙晶法師に、嶺燐児は言う。
「助けていただいたお礼に、なにかできることはないでしょうか。みなさん、なにか困ったことはありませんか?」
「それならあるだっちゃ。ここを出て、西へ行きたいだっちゃ」
豚白白が答えると、嶺燐児は弾かれたように申し出た。
「これはいい。その相談ならばボクにも乗れそうです」
「といいいますと?」
丁寧に聞く仙晶法師に嶺燐児の言葉は続く。
「ええ。それというのも、ボクは馬車を持っています。おんぼろですが、その荷台にそちらの方々四人を乗せて隠し、法師さまはボクの隣で、ボクの父親のフリをしてください。変装してくだされば、関所を通過するくらい簡単です」
「わかりました」
仙晶法師はうなずく。
キミヨシだけは不満そうにしていたが、『半妖』嶺燐児の策に従って一行は馬車で関所を通過することにした。
準備を済ませて、仙晶法師と嶺燐児を除いた四人は馬車の荷台に乗る。馬車といってもボロ馬車で屋根もない。
荷台に乗った四人には、わらだけかぶせた。
わらの中で、キミヨシがささやく。
「トオル。どう思うだなも?」
「別に。うまくいくか微妙なのは明らかだが、今はこれしかねえ」
「リラちゃんはどうだなも?」
「わたくしも不安ですが、もし怪しまれたときは、どうしましょうか。走るべきでしょうか」
「そうだなもね。力の限り走って逃げるだなも。大丈夫、我が輩とトオルが助けるだなも」
「ねえ、おいらには聞かないだっちゃ?」
「さあ。そろそろ関所だなもよ。みんな静かに」
「おいらには……」
「しっ」
四人が黙って息を潜め、馬車が関所に到着した。
検問官は言った。
「馬車の荷物はなんだ?」
「ご覧の通り、ただのわらでございます」
嶺燐児が粛々と答えると、検問官は疑いもなく、
「そうか。通れ」
とだけ言った。
リラはほっと胸をなで下ろす。
――よかった。無事に通れたわ。
しかし、検問官は動き出そうとした馬車を引き止めた。
「待て」
「なんでしょう」
「そこの男、なんだか燈灯様がおっしゃった法師の人相に似ている気が……」
「だれのことでしょう。ほら、よくご覧ください。ボクのお父様です。ほら」
と、嶺燐児が仙晶法師を突き出し、検問官によく見せるようにする。だが、検問官が顔を近づけてくると同時に、仙晶法師を後ろに下げた。
そして。
「れああああああ! 《真火煉丹》!」
嶺燐児は目鼻と口から同時に火と煙を出した。火が検問官の顔にかかり「アイヤー!」という叫びとともに火傷し、煙が周囲を覆ってしまった。
後ろにいたもう一人の検問官は動き出すこともできず、煙の中で叫ぶしかできない。
「どうした! おい!」
キミヨシが合図する。
「走るだなも!」
「はい!」
リラは答えると、キミヨシに手を引かれ馬車から飛び出し、トオルと豚白白もいっしょに走って逃げ出した。
走りながらリラは思う。
――わたくし、こんなに速く走れるのね。トウリさんに体力を補強してもらったことが役立っているとわかるわ。トウリさん、本当に助かりました。
最後尾を走る豚白白は、時折後ろを振り返っては立ち止まり、
「まだ大丈夫だっちゃ」
と言ってまた走るのを繰り返した。
随分と走ったところで、トオルが言う。
「そろそろやつらも追いつけねえ」
「そうだなもね。ところで、仙晶さまはどこだなも?」
キミヨシの疑問に、三人の足が止まる。
「え?」
とっくのとうにリラから手を離して先頭を独走していたキミヨシは、遅れて立ち止まった。
「あの『半妖』……嶺燐児とかいう子供もいないだなも……」
息を整え、リラが声を絞り出す。
「まさか、連れ去られてしまったのですか……?」
「そうだなも。『君子』仙晶さまには困ったものだなもね……」
仙晶法師がさらわれた。
おそらく『半妖』嶺燐児の仕業。
西の都・清安を抜け出したリラたちであったが、仙晶法師を探すため、旅は妖怪変化との戦いに突入してゆくのだった。