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32 『立証アウトライン』

 サツキとヒナが砂浜に来ると、あたりは人が少なく静かだった。波の音だけがある。風は涼やかで、日も暮れかけている。

 呼吸を整えていると。

 バーン!

 花火が上がったような音が鳴り、サツキとヒナは空を見上げる。

 しかし花火などなかった。

 飛び交う海鳥の影が見えるのみだった。


「花火、か?」


 ヒナは目を閉じて、


「ちょっと遠いけど、爆破の音ね。爆弾が破裂したんだと思う」


 と特定した。


「そうなのか。だれか、なにかあったのだろうか……」

「考えても仕方ないわよ。さすがにそれ以上は、あたしの《(うさぎ)(みみ)》ではわからないし」


 そうだな、とサツキは思い直す。


 ――俺以外にも、仲間になにかあれば援護し助けるようフウサイには言ってある。フウサイがいれば大事にはなるまい。


 考えていたサツキに、声がかかる。


「話の続きだけど」


 切り出すヒナの声は、どこかはかない。波にさらわれてしまいそうだった。


「サツキは、地動説について、どこまで知ってるの? サツキの常識は、この世界の常識じゃないよ」


 どうせ、いつか聞かれることだと思っていた。

 サツキは、それが今だ、とわかっている。答えるべき時だ。


「俺の世界の常識だっただけだ。つまり、俺はこの世界の人間じゃない。異世界人ってことになる」

「……」


 ヒナのサツキを見る視線はじりじりと強まる。顔まで近づいてきている。怪しんでいるが、信じてもいる、そんな目だった。

 サツキは聞いた。


「ヒナのお父さんが、浮橋博士だな?」

「そうよ」

「裁判、どうするんだ?」

「地動説を証明するに決まってるでしょ」

「立証する手立てはあるのか?」

「ないわよ。証拠が弱いの。証拠を集めるために、あたしも星の満ち欠けを調べてスケッチしたりしてるんだけど物足りなくて……」

「それで、望遠鏡を持ってるんだな」


 ヒナのバッグには望遠鏡が刺さっていた。初めて会ったときも、それを使って月や星の観察をしようとしていた。今はそのバッグもないが、珍しい物を持っているなと思い記憶していた。


「あたしのしてることだけじゃ欠陥がある。だから、困ってるんじゃない……。さっきのカナカイアが言ってることも一理ある。わかってる。証明できなきゃ、意味がないって……」


 夕日に照らされたヒナの顔は、驚くほど弱々しい。初めて会ったときも夕方だったが、あのときのふてぶてしさがない。

 サツキはオレンジ色の海を見てつぶやく。


「浮橋博士、なんだかガリレオみたいだな」

「なにそれ。名前?」

「俺のいた世界の偉人だ。天文学や物理学の天才だったけど、政治的な人間関係が苦手だったんだ。それで、彼を快く思わない人間から反感を買い、宗教に沿わない発見である地動説を理由に、異端審問にかけられた。結局、ガリレオは生きているうちに完全には地動説を立証できなかった」


 ヒナがぷるぷると震えている。それが怒りと悔しさによるものだとサツキにはわかった。そして、ヒナの父親も同じ理由で裁判にかけられているのだと推察できた。


「あたしね、素直じゃないんだ。お父さんが、心に嘘をついて生きるのは辛いから、素直に生きなさいって昔教えてくれたの。でも、それじゃうまく生きられないみたいだって知った」

「そうだな。仮面をかぶって生きてる人のほうが、多いだろう。自分を守るために」

「だよね」

「偽りを演じるほどじゃなくとも、本音をさらしたら苦しくなることもある。子供でも、なんとなくわかってることだ」

「みんなが好きなものを好きになれなくても、下手な笑顔つくってた。でも、サツキにはそんな仮面いらないよね。あたし、聞きたいことがある」

「なにかね?」


 緊張する声に力をまとって、問いかける。


「――サツキは、証明する方法を知ってるの?」

「ガリレオの伝記を読んだことがある。そのとき、どうやったら証明できるか気になって、調べたんだ。それによると、フーコーの振り子による実験と年周視差の観測で証明できると知った」


 こんな話がすらすらと出てくる点、サツキはめずらしい少年である。歴史が好きで時代小説や伝記を読むが、得意科目ではない。むしろ、得意なのは数学や理科なのである。その特性を象徴するのが、こうした返答に現れている。

 ヒナはサツキの言葉に胸が躍った。目がきらきら輝く。次の瞬間には、思わずサツキの右手を両の手で握っていた。


「すごい! すごいよサツキ! お願いっ、いっしょに証明しよう? いっしょに、イストリア王国まで行ってくれないかな?」

 あまりにも期待に満ち満ちたヒナに、サツキはやや困惑する。

「……」

「……?」


 言葉がすぐに出てこないサツキを見つめ、ヒナが不思議そうに首をかたむける。

 サツキが困って言葉に詰まった理由は明快だった。なぜなら、


「実は、フーコーの振り子っていうのがどんなものか、ハッキリとは覚えてないんだ。年周視差も一朝一夕には測れない。そもそも、年周視差が何物なのかさえあやふやだったりする」


 手伝うのはやぶさかではない。しかし、理解したら満足して忘れてしまった部分が大きいのである。

 ヒナは急にジト目になって、


「サツキ、よくつめが甘いって言われない?」

「それはおまえたち父娘(おやこ)の研究と同じだ」


 まじめに冗談で切り返すように言われて、ヒナは「むぅ」と頬をふくらませる。そして、二人は噴き出した。


「ぷふ。あははっ」

「ふ」


 クールなサツキの笑い顔をちらと見て、ヒナは自分がこれまで笑うことさえ忘れていたことを思い出す。


 ――いつぶりに笑っただろう。サツキって、変なやつ……。


 サツキは穏やかな面持ちで言った。


「いっしょに、イストリア王国まで行こう。ヒナも俺たちの仲間になってさ。俺たちの旅には別の目的もあるけど、イストリア王国は通り道なんだ」

「旅の目的?」

「アルブレア王国の奪還。簡潔に言えば、悪の大臣から国を守ること。そのために、俺は王女であるクコによって異世界から召喚された」

「ふーん。信じられない。と思ってたけど、今なら信じられるわ」

「そうか」


 サツキは遠く海原を見つめる。

 ちょうど、船が港から出航していったところだった。


「この世界はおもしろいよな」

「そう?」


 訝しげなヒナである。


「うむ。俺のいた世界とは、科学の進歩もそのバランスも異なる。これがあるのにあれがない、ということは当然起こるものだ」

「それくらい、どんな世界でも起こりうるわ。発見者がいるかどうかが大事だもん」

「そうだな。しかしなにより、この世界には魔法がある。俺のいた世界との一番の違いはそこだ。だが、似ている部分も多い星だ」

「どういう意味?」

「たとえば、晴和王国は、俺の生まれた国のいくらか前の時代の文化に似てる。あと、星座で言えば、あれだ」


 と、サツキは夕焼けの空を指差した。

 指先に示された星を見て、ヒナは即答する。


「北極星ね」

「うむ。クコからは、あれが北極星だと聞いた。しかし、俺のいた世界ではその近くにある別の星が北極星だった。こぐま座α星、ポラリスと呼ばれていたものだ」


 サツキの指差す星を見て、ヒナは考える。


「へえ。あれが北極星って世界もあるのね」

「この世界は、視認できる星の数も多い。知らない名の星座ばかりをクコは言っていた。まあ俺も、北極星以外の星はあまり覚えてないからなんとも言えないがな」

「ははーん。確かに、星が似てるのにいろいろ違うし、魔法まであるしってわけか。まったくの異世界ってより、似てる世界ってことね」

「そういうことだ」


 一拍置いて、サツキは語を継ぐ。


「ヒナ」

「ん?」

「木星はこの世界にだってあるだろう?」

「あるわ」

「観察したことはあるか?」

「当然。お父さんだって木星には着目してた」

「なら、ヒナは知ってるかもしれないが、木星には衛星がある。つまり、木星の周りをぐるぐる回り続ける星だ。地球の場合、周りを回っているのは月だ。これと同じことが木星にも言える。だったら、地球や木星だって別の星の周りを回っていても不思議じゃないと思わないか?」

「……」


 ヒナは言葉を失っていた。

 なぜなら、それはヒナの父が言っていたこととまったく同じだからである。

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