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31 『善導ドライゲイザー』

 物陰から、さっきの戦いを見ていた者がいた。

 細い路地で、建物に背中を預けていると、サツキとヒナが通り過ぎる。

 二人が通り過ぎたあと、青年が路地から出てきた。

 深い緑色の羽織を、乱すことなく歩く。

 戦いに敗れ気を失っているカナカイアの元まで歩み寄り、しゃがんだ。


「なんの因果か。また見かけたあの子が、やっぱり兄者にどこか似てる気がしてね」


 そう語りかけて、懐からそろばんを取り出す。とん、とそろばんをカナカイアに当てて、


「やっぱりそうか。ちょっと『道徳』の数字が低いようだ。《(へん)()()(そう)()》が必要ですね。願いましては……道徳心を」


 パチッと、そろばんの珠を弾く。


「体力と芸術の素養は落ちますが、あなたは生まれ変わったように心が良くなるでしょう。あくまで、私の思う心の良さにね」


 やっと目を覚ましたカナカイアが青年の顔を見る。青年は、優しげな顔立ちをした二十歳くらいの美男子だった。


「おまえ、は……?」

「私がだれなのかは、あなたには関係ありませんよ」

「オレは、いつも頑張ってた。毎晩、仲間たちと酒を片手に研究を語り合い、意識を高め合い、刺激を受け合い、仲間に誇れる自分でいられるよう、頑張ってきた。でも、本当にオレの逆恨みだとすれば、なにが足りなかったんだろう?」


 見ず知らずの青年に、カナカイアはそんなことを聞いていた。

 カナカイアがいくら考えてもわからない問題。

 問いかけに、青年は薄い微笑で答えた。


「人付き合いが下手だと噂される浮橋博士は、たぶんあなたのように、毎晩仲間たちと楽しく語り合ってお酒をたしなむ暮らしをしてなかったんじゃないかな。他のだれかがそうしている間も、ずっと研究に没頭していたんだと思います」


 青年は兄の顔を思い出す。


 ――そう。兄者が、今みたいな大きな魔法を使えるようになるために、時間を惜しまず、何年も、人知れず努力し続けていたみたいに。


 カナカイアは不思議そうにつぶやいた。


「夜に? 食後に? 酒も飲まずに?」

「仕事に追われて、そんな時間をつくれない人もいます。でも、さすがに毎晩ではないかもしれない。逆に、寝る直前までそうやって頑張り続ける人も、中にはいるんですよ。そうした努力の日々を何年続けるのか、何十年重ねるのか。目標に達するまでの道のりは人それぞれですし、人それぞれのやり方でいいと思いますけどね」

「そんなの無理だろ……」


 穏やかな声で青年は言葉を紡ぐ。


「結局、運には勝てないことも世の中多い。個人の頑張りより、他者とのつながりが大事な場面も多い。実力より交友関係が評価を作る場合も多い。頑張る方向性も正しいかわからないことも多い。無理をきたす頑張りは身体を壊す。そんな中で、どう折り合いをつければよいのか。だれも知り得ないんです」


 実際、青年の兄は無理してよく身体を壊していたし、焦るなと言いたいこともあった。


 ――きっと、さっきのあの少年も兄者みたいな、そういう人間なんだろう。だから助けたくもなるが、干渉はよそう。


(ほほ)()みの(さい)(しょう)』と呼ばれる青年は、もうその顔から微笑みが消えていた。

 青年はカナカイアにひと言。


「では。失礼」


 立ち去る青年の背中に、カナカイアはまた問いかけていた。


「オレは、どうすればいい? なにをすれば……」


 しかし、青年は振り返らない。

 答えは返ってこなかった。

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